「ここが特務機関ゼルフェノア本部…。でっかい」
ある一般市民の青年はゲートの前にいた。彼は本部に用があるらしく、わざわざやってきた。

この頃には畝黒(うねぐろ)が撃破されてから既に約3ヶ月経っている。
あれだけバタバタしていたゼルフェノアも時間の経過と共に、だんだん落ち着きを取り戻していた。


ゲートが開き、青年は通される。彼は本館正面から入ってくれと指示を受け、言われるがままに正面から入館。来客の場合は内部から3段階のロックが解除される。

青年はおずおずと館内へと入っていく。
ここ、一般市民って滅多に入れないよねー…。自衛隊の基地や駐屯地みたいなもんなのか。なんだかとんでもない場所に来てしまった。それにしてもセキュリティがすごい。



「鼎、お前に会いたい人がいるそうだ。お客様が来ている。市民だ。
彼は既に部屋にいるから行ってくれ」

宇崎はそう彼女に伝えた。


――私に会いたい人?それも市民だと?誰なんだ。



応接室。青年はガチガチに緊張していた。彼は鼎に会いたくてわざわざ訪ねてきた。


やがて応接室の扉が開いた。鼎がしれっと入ってきた。
「客人とはあなたのことですか」
平然としていた。


青年は「菅谷恭平」。一般市民である。鼎が司令補佐になりたての頃だろうか、増設したシェルターの視察に来ていた彼女の近くで怪人出現。
鼎は発作を起こし、シェルター内で彼に介抱された過去がある。それ以降、2回くらい遭遇してはポツポツ会話をしていたのだが…恭平は軽はずみな言葉で彼女を傷つけてしまい、鼎は激しく拒絶した。

『もう今後一切私に関わるな』と言って。


彼は数ヶ月後、晴斗に遭遇。そこで心境が変わった恭平は鼎に何を言われてもいいから謝りたいと思っていた。
あのイーディスこと六道による暴露により、司令補佐「紀柳院鼎」の正体があの事件の生存者「都筑悠真」だと暴かれて以降、彼はずっともやもやしている。

こんな形で知りたくなかった…。そりゃ正体は知りたかったが、こんな形じゃない。



「…俺のこと……覚えていますか」

恭平は恐る恐る声を出す。
鼎はちらっと彼を見たように見えた。

「あの時の一般市民か」


彼女は恭平を覚えていた。

鼎もまた一方的に彼を突き放してしまい、心のどこかにしこりを残したまま。あの時は感情的に言ってしまった。それもひどいことを。


「俺、菅谷恭平はあなたに謝りたくて来ました」
彼はそう言うと椅子から立ち上がる。そして。

「あの時あなたを深く傷つけてしまった…!今でもずっともやもやしています。
イーディスとかいう奴に暴露された時はショックだった。俺はあんな形であなたの正体を知りたくなかったのに…!
だから謝らせてください。あなたを深く傷つけてしまったことを申し訳なく思っています。すいませんでした」


恭平は深々と礼をした。彼は何を言われるか怖くて思わず目を瞑っていた。


沈黙する室内。この沈黙が恭平からしたら気まずかった。


「私もお前を一方的に拒絶してしまい、すまなかった。あの時、私はあまりにも感情的だった…。菅谷に助けられたにもかかわらず、拒絶してしまったんだから」
司令補佐まで謝る必要ないのに。これは彼女からしたらデリケートな話なわけで。


イーディスの暴露の余波がここまで来ていたとは。


一般市民に正体をバラされて以降、鼎は自ら「都筑悠真」だということを素直に受け止め、認めた。
だがあくまでも「紀柳院鼎」として生きたいと言っている。悠真は自分の中にいると言って。

悠真も鼎も自分なんだから。数年前まではあの事件で「悠真は死んだ」と決めつけていた。今は違う。彼女は事件前の「都筑悠真」も、事件以降の「紀柳院鼎」も受け入れた。


恭平はようやく顔を上げた。
「許してくれるんですか…?」
「もう済んだことだろ。恭平、何か変化があったように見えるが」

彼女の洞察力は鋭い。恭平は晴斗との遭遇がきっかけで謝りたいと思ったと話した。
「高校生隊員…晴斗のことだな。暁晴斗だ。
晴斗…そんなことを言っていたのか。あいつらしい」

少し笑ったような声がした。あの高校生隊員と知り合いなのかな。
今の司令補佐は穏やかになっている。笑う余裕が出来てるなんて。

この際だからと彼は鼎に聞いてみた。
「怪人…全然出なくなりましたよね。平和になったんですか」
「約3ヶ月前に終わらせたよ。ゼルフェノアもようやく落ち着いてきた。この組織が暇なことは平和を意味している。だから一般市民の恭平を客人として入れたのだろう」
「緊張しました。こんなにもセキュリティが厳重だなんて…。それにグラウンドの隅に慰霊碑…ありますよね。見ました」


本部のグラウンドの隅には殉職した隊員のための慰霊碑がある。碑の周りには花壇が。
鼎と宇崎はたまに慰霊碑を訪れている。

「今回の戦闘で隊員に犠牲者が出たんだ。慰霊碑に花を手向けている。
市民に犠牲者が出なかったのは幸いだった」
「…常に死と隣り合わせなんですね。やっぱり怪人と戦うことは過酷なんだ…」

「……それでも前に進むしかないんだよ、私達は」



恭平は帰り道、ゲートを出た後ふと振り返った。今、平和なのは彼らがいるからなんだ…。
怪人はいつ襲来するかわからないのが不気味だが。



「ふ〜ん。その一般市民と和解したんだ。良かったな〜。しかし…イーディスの暴露の余波、えげつないな…。未だにあるなんて」
宇崎は司令室に戻ってきた鼎にフランクに話しかけた。


鼎は自分の席に座る。
「逆に正体が知れたことで、両親の墓参りには行きやすくなりましたよ。今までこそこそ行ってたので」

「お前の両親は娘だけでも生かしたくて犠牲になったのかもしれないな。
お前だけ生存したってさ、あの状況的には絶対にあり得ないと警察から聞いたことがある」


今になって真事実か?


宇崎はつらつら話す。

「怪人絡みの捜査をしてる西園寺と束原がいつぞやに話してくれたんだよ。やっぱりあの怪人絡みの放火事件は不自然だって。
あれだけの火力があるなら全員死んでもおかしくないんだと。火元が怪人だから、お前が全身火傷を負ってでも生きてんのは奇跡なわけ。これが最近出た真事実だ。警察も本人に話して欲しいと言ってたから」


鼎はかなり複雑だが、真事実を知り憑き物が取れたような感じになる。

「…室長、知れて良かった……」
声が小さくなる鼎。
「あれ?ちょっと泣いてる?大丈夫?」
「…なんとか」


この事件は謎が残るため、西園寺達は捜査を続けるそうだ。犯人の怪人は既に撃破されてはいるんだが。
怪人絡みの捜査をする警察は、過去の事件を改めて捜査することもある。

悠真改め、鼎の生存も謎のひとつ。



ゼノクではゼルフェノア全体にあることを知らせる。
それは「蔦沼長官引退」だった。


本部や支部・ゼノクでは知ってた人間もある程度はいたため、反応は薄い。


「あ〜、やっぱり長官引退か。引き継ぎあるからまだ組織は去らないでしょ。
あの人そういう人だし。しばらくはOBとしていそう」
宇崎は相変わらず軽い言い方。

「長官のポジションは空席になるんだな。次の長官は決まってないと聞いたが」
鼎は淡々としてる。

「こうしてる間に体制が変わるかもしれないからそのまま空席にするってよ。
ゼルフェノアは転換期だ。少しずつ変わってきている。転換期は2回目だけどね」


ゼルフェノアの転換期は過去にも1度来ている。
1回目は黎明期・ファーストチームから特務機関ゼルフェノアへ名称が変わった前後。

そして今回。2回目の転換期は数年がかりで大きく変わると見込んでいる者もいた。1回目の転換期も2、3年かかっている。



ゼノクでは新たな部署・解析班が始動。


メンバーは三ノ宮と粂(くめ)。粂はあの戦いにより心の傷が深く戦えなくなったため、気の知れた三ノ宮のサポートを受けながらデスクワークをしている。

まだPCは不慣れらしく、三ノ宮に教わっている状態。


今まで戦闘主体の隊員だった粂は現在解析班で奮闘中。彼女は少しずつ元気を取り戻している。



ある日、鼎は久しぶりに本部近くにある老舗洋菓子店「洋菓子処 彩花堂」に行った。仕事終わりに。だから制服にコート姿のまま。


お店の看板娘・風花が笑顔で迎える。
「いらっしゃいませ〜!
…あ、ああああ久しぶりですね鼎さん!なんかめちゃくちゃ久しぶりですよ。忙しかったんですか?」

「ようやく落ち着いたんだ。平和になったからね。
風花、シュークリーム2つとプリン2つ貰えるかな」
「シュークリームとプリンですね!」
嬉しそうな風花。


鼎は久しぶりにここのお菓子を買った。バックヤードから風花の母親がちらっとこの様子を見ていた。

鼎ちゃん、久しぶりに来たのね。風花、はりきりすぎよ。この子ったら…。


鼎はこの店の常連客だが、しばらくの間来れなかった。



鼎が会計をし、退店した後。お店は閉店準備中。
風花の母親は鼎のことを親しげに「鼎ちゃん」と呼ぶため、まるで親戚のおばちゃんのよう。
風花と母親は店の接客担当。母親は時々カウンターに出ているような感じだ。


「お母さん、鼎さんなんか変わったように見えたよ。気のせいかな?
なんだか穏やかになったよね。顔は仮面で見えないけど、わかるんだ」
「平和になったからじゃないかしら。しばらく来れなかったじゃない。
鼎ちゃんの声を久しぶりに聞けて安心したわよ。鼎ちゃん…優しい子だからね。人を見た目だけで判断してはいけないよ」

「お母さん、わかってるってば。鼎さんの仮面の理由知った時…ちょっとショックだったの。今は立ち直ったけどね」
風花の本音がポロリ。

「鼎ちゃんみたいな人、他のお客さんでもたま〜に来てるじゃないの。気にしない、気にしない」


鼎さんは季節関係なく長袖・手袋なのもそういうことだったんだ。ようやく理解したけど夏、倒れないのかな…。
あのコートが司令用だと聞いたのはかなり後。彼女は「司令補佐」だから着てるらしい。


風花の母親は冗談混じりに言った。

「そのうち鼎ちゃん、司令になるんじゃないかしら」
「またまた〜。お母さん、何言ってんのさ〜」


2人は談笑しながら閉店作業を和気あいあいと進めていた。バックヤードでは風花の父親と兄が片付け中。ちなみにこの2人はパティシエ。
このお店は家族経営なため、だいたい閉店作業中はこんなしょーもない内容の会話が多い。

今日は鼎が久しぶりに来店したせいか、鼎の話題に持ちきりになっていた。