もう夏も終わりなので、実際に遭った怖くない話でもしよう。
先月の八月十六日…… 盆休みを直撃する結果となった台風八号の影響もあって、私の住む地域は三十五度を超える猛暑日となった。台風一過特有の湿り気を含んだ風と、どこまでも続く澄んだ快晴が私の体力をことごとく奪っていったのを今でも克明に覚えている。
その日、私は次女と三女を連れ立って近所にある駄菓子屋まで赴いた。言うまでもなく、私の発案ではない。朝早くから、「お菓子が食べたい」と乞う娘達にベッドから引き摺りだされたのである。妻は止めてくれるはずもなく、むしろ、「たまには陽の光を浴びてこい。自律神経が整うし、ビタミンD欠乏症の予防にもなる」などと尤もらしい理由で娘達に加勢した。
件の駄菓子屋は、去年の秋頃にいつの間にかオープンしていた。それは昭和生まれの私が知っているような、所謂“駄菓子屋”という古臭いイメージからは程遠いものだった。外壁は淡いベージュ色のタイルで覆われており、自動ドアをくぐると、白を基調とした明るい内装が出迎えてくれる。店内には手製であろう色とりどりの飾り紙が散りばめられていて、訪れる子供達の目を楽しませた。
陳列されている商品は、かつて私がよく好んで食べていた物もあれば、見た事すらないような物もあった。なかには、めんこやベーゴマ、おはじきといった昔ながらの玩具まで揃っている。
店員は小綺麗な見た目の若い男女が一人ずつ。聞くと、夫婦で経営しているらしい。

「街からなくなりつつある駄菓子屋という文化を、今の子供達にも体験してほしいんですよ」

嬉しそうに語る夫婦に適当な相槌を打ちながら、私はドリンクケースの扉を開け、そこから冷え切ったラムネの瓶を一本取り出す。そして扉を閉めようとした時、ふいに横から腕が二本伸ばされた。視線を巡らせると、物欲しげな顔をした娘達と目が合った。どうやら二人もラムネを所望しているようだ。
私はさらに二本のラムネをドリンクケースから取り出し、レジカウンターに置いた。その横に、次女が大小様々な駄菓子を背の順に並べた。こだわりでもあるのやもしれない。三女も姉の真似をして抱え切れるかどうかギリギリの量の駄菓子を並べようとしたが、一つ置く度に一つ落とし、一つ拾っては一つ落としを繰り返している。見ていられないとばかりに次女が助け舟を出して、ようやく整然と並ぶ駄菓子と三本のラムネはレジを通った。
娘達はすぐさま両手いっぱいの駄菓子を抱え、店の外へと駆けて行った。
私はその後ろ姿を見送りながら、偶然目に入った物の一つを手に取る。

「あー…… あとこれもお願いします」

レジ打ちをした旦那さんは、私が娘達の目を盗んで持ってきたものを見て訝し気に首を捻りながらも会計を済ませてくれた。
その後、私達は店頭に設置されている木製のベンチで駄菓子パーティを開く運びとなった。
空調の利いた店内で飲食できたら文句はなかったのだが、そういったスペースはないらしい。一応、ベンチにはカラフルなパラソルが設けられているものの、この気候では役に立っているかどうか…… まあ、直射日光を避けられるだけでも良しとしたい。
娘達が思い思いの駄菓子を貪っている間、私はラムネの蓋を開け、ゆっくりと胃に流し込んだ。ビー玉が邪魔をして一気に煽れないのだ。チェリオなどの他の飲み物にすれば良かったという後悔が過ったが、これもまたラムネの醍醐味と考えれば、さほど悪い気分ではなかった。
私がラムネを飲み始めるのを見て、娘達も同じ様にラムネの詮となっているビー玉を備え付けのキャップで押し込み、同じ様に喉を鳴らす。

「暑いね」

「うん、暑い」

確かに暑かった。熱されたアスファルトの照り返しもさる事ながら、住宅密集地ならではの圧迫感が暑さを助長しているように思えた。加えて、緑が少ない。数年前に緑化計画に基づいて『みどりの支援隊』なるボランティア団体が結成されたと聞いたが、彼らの努力は未だ実を結んでいないようだ。

「お姉ちゃん、これ開けて」

「貸して…… って、ここに切り口があるじゃん。よく見ないと」

次女と三女の他愛ない会話と蝉の弱々しい鳴き声を肴に、ラムネを傾けたが、私の手の中にあるそれはもうすっかり空になっていた。
私はベンチから立ち上がり、自動ドア側に置かれている『カン・ビン』と記されたゴミ箱の“ビン”のほうにラムネの瓶を放った。カラン、と小気味良い音が響く。一瞬…… 本当に一瞬だが、その音が私の郷愁を掻き立てた。
黴臭い木造の建物に、生い茂った雑草。手入れの行き届いていない田畑が地平線まで続いている。歯のない婆さんが営んでいたその店は子供達の憩いの場、ではなかった。その村に子供は私を含めて二人しか居なかったからだ。
私はただ、家に帰るのが嫌だった。
家に帰れば母親が居る。だから嫌だった。生きているのに、意識だってあるのに…… なのに意思疎通も叶わない彼女と共に過ごすのは、私にとって苦痛以外の何物でもなかったのである。
私は婆さんが小言を口にするまで店に居座った。閉め出された後も、あてもなく村の中を歩き回った。追い立てられているわけでもないのに、ずっと逃げ続けていた。母親から。或いは、自分自身から。
自動ドアの開く音がして、我に返った。奥さんが雑巾を片手に窓ガラスを拭きにきたのだ。
爽やかな笑みを浮かべながらこちらを覗き込んでくる奥さんに対し、私も愛想笑いを返して再びベンチまで戻った。

「ほら、ここを捻ると開くからビー玉が取れるよ。ラムネでベタベタするけど」

「ここ? ……あかない」

娘達は飲み干したラムネの瓶の中にあるビー玉に御執心のようだった。次女が、瓶の飲み口を捻れば取れる事を妹に指南していたが、年端も行かない三女の力ではそもそも捻る事さえできないようだった。
ここで力を貸してあげる事は簡単だ。しかし、それでは面白くない。

「そんな事をしなくてもビー玉は取れるよ。しかも、手も汚れない」

私がそう告げながら右手を開いて見せると、娘達の視線は私の掌に釘付けになった。
私の掌の上にはラムネで汚れていない綺麗なビー玉が一つ、パラソルによってできた日陰の中で輝いていた。

「えっ」

「どうして」

娘達は口々に驚きの声をあげ、自分が持っているラムネの瓶とビー玉を交互に見た。そして、「どうやるの」という質問攻めを展開させる。
私はポケットに仕舞いこんでいた財布から十円玉を二枚取り出し、次女と三女に一枚ずつ手渡した。

「ヒントは十円玉だ」

と言い終えるや否や、次女は十円玉の角で飲み口を外そうとし始めた。三女に至っては、入るわけもない飲み口に十円玉を押し込もうとしている。
そうしてしばらくの間、娘達は十円玉を手にラムネの瓶と格闘していたが、五分と経たずに無理だという結論が出たのか、どちらも縋るような視線をこちらに送ってきた。

「じゃあ、答え合わせをしようか」

私は娘達を引き連れて再度店内に足を踏み入れた。心地良い冷気が肌を撫でる。棚の陳列作業に勤しんでいる旦那さんの背を通り過ぎ、目的の場所で足を止める。そこは、レジカウンターから程近いところにある玩具コーナーだった。

「ほら」

私が指差す先にあったのは、細い網に詰め込まれている色鮮やかなビー玉の束だった。すぐ側には、御丁寧にも手書きの文字で『一個十円』と書かれている。
そうだ。会計の後、娘達の目を盗んで購入したのはこのビー玉である。彼女達の強い好奇心は必ずや瓶の中のビー玉に向けられる。そう確信していた。その為だけに無用なビー玉を買うのはどうかとも思ったが、愛しい我が子の驚く顔がたったの十円で見られるならば安過ぎる買い物だ。

「すみません。このビー玉を二つ、お願いします」

店内に居る旦那さんの背中に声を掛け、ビー玉をさらに二個購入する事となった。
ビー玉の模様を興味深そうに眺める三女を尻目に、次女はどこか不服そうな表情を浮かべている。親馬鹿と言えばそれまでだが、その様子も非常に愛らしい。

「“取り出せる”とは言っていないだろう? それに、注意深く見ていればこれがラムネの中のビー玉ではない事が分かったはずさ。模様が入っているからね」

私の言い訳は不貞腐れた次女の溜飲を下げるほどの効力こそなかったが、「お菓子を追加で買ってあげるから」と約束すると、斜めに傾いた機嫌を持ち直す事に成功した。

「貸しだからね」

会計中、どこで覚えてきたのか、次女はそんな大人びた言葉を口にした。

「お菓子だけに?」

咄嗟にそう返すと、次女の冷ややかな視線が突き刺さる。
児童心理学の分野では、こうしたユーモアが理解できるようになるのは五歳から八歳とされているが、もう駄洒落が通用する歳なのか…… 私も歳を取るわけだ。
などと感慨に浸りながら、私達は帰路に就いた。