つんとしているレノの横でエドガーがぎこちなく頷いた。
二人には荷物がないので、する事と言えば馬車の中に自分たちが隠れるスペースを作るくらいだ。
グレイリィは半月に一度の割合で、帝都へ道具を卸に出ているため、理由に事欠かない。
体を丸めれば入れるような箱を2つ荷台に運び、自分たちが入れるか確かめた。
中身を調べられるだろうから、隠れた上から道具を入れることになるだろう。
「中に入るのは帝都に近くなってからだな」
エドガーの言葉にレノが頷いた。
馬車に幌を被せて、明朝を待つばかりとなる。
夜、住居にしている範囲が狭く男二人が寝る場所が無いため、レノとエドガーは馬車がある倉庫に毛布とランプを持ち込んでいた。
「…家の中なのに土の上かよ…」
「仕方がないだろう…寝るスペースがないんだから」
ぶつぶつと文句を言うレノを諫めると、彼はエドガーを軽く睨んでから横を向いて寝転んだ。
「貴族様でも土に抵抗ねえのな」
嫌みったらしい口調に、貴族はニヤリと笑った。
「祖父に叩き込まれたからな。父は全く駄目だろうが」
「ふうん…」
興味なさそうに答えてから、目を閉じるレノ。
レノから二人分ほど離れ、ランプを真ん中挟んでエドガーも仰向けに横になった。
瞳を閉じたまま、レノがつぶやく。
「なあ…あんたは研究所で何をしてるか、最初は知らなかったんだよな?」
「…ああ。確か…二人とも研究所にいたんだろう?」
横を見ると、レノがじっとエドガーをみていた。
「そうだよ」
「よく逃げられたな…」
エドガーが見た研究所は、研究所と言うより牢獄だった。
小さな窓にも格子がつけられ、厳重な鍵と、多くの見張りと監視。
「…デュロイのおかげだよ」
「彼か」
「あいつは今よりヤバかったんだ」
「そう、なのか?」
今より、と聞いて空恐ろしくなる。
エドガーは彼の魔力にかすっただけで吹き飛んだ。
「ああ」
レノはそれ以上言いたくないのか、エドガーに背を向けた。
国力がそのまま兵の数に直結しているのが、現在行われている戦争だ。
普段はグレイリィが使っているだろうと思われる古びた安楽椅子に座り、レノは
足を組んで頬杖をついた。
「帝国には稼がせてもらったけど、まさか喧嘩売りにいくことになるとはなぁ」
苦笑する彼の姿に、エドガーはつい呟いた。
「…怖くはないのか」
呟きは問いの形ではなかったが、彼は驚く。
「どっちかって言われたら怖いけど、それは戦場にいても同じさ」
あくまでも飄々と言うレノだった。
そうしているうちに、ドアが突然乱暴なたたかれた。
「!」
「?!」
今にも壊してしまいそうな音を立てるドア。
追われていた二人は顔を見合わせ、無言で死角に移動して気配を消した。
裏庭に続くドアからグレイリィが現れると、隠れている二人を一瞥してから工房へ入っていった。
乱暴なノックが止み、グレイリィが誰かと話している。
そして、声も止む。
恐る恐るレノが工房に顔を出すと、疲れた顔をしたグレイリィが手に紙を持っていた。
「手配書だ。見つけたら連絡するようにとな」
グレイリィはそれをくしゃくしゃに丸めるとゴミ箱に捨てた。
「早々に出たほうが良さそうだ」
「頼むぜじじい」
「少しは敬うことを覚えてみろガキめ」
グレイリィはレノの隣にいたエドガーに視線を向けた。
「全く話にならんわ。おいお前、明朝には出発するからな」
「あ…ああ…」
「そうだな…そんなところだ。セリーナの父上の会社に私の父が出資していてね…セリーナとは幼い時から知り合いなんだ」
「ふーん…貴族様は違うねえ」
エドガーは肩をすくめると、近くにあった樽の上に座った。
「そういう君はどうなんだ?誰か将来を約束した人は?」
「は?俺?いねーよそれ以前にモテない」
がっくり肩をおろすレノ。
「そうなのか…?あの、アカネという女性は?」
「アカネ?!なんであいつが出るんだよ」
「なかなかお似合いじゃないか」
「冗談キツいって!あいつはただの幼なじみだよ」
笑い飛ばすレノに、エドガーは孤児院であったことを思い出す。
子供たちに所在を教えてもらったらしいアカネは、泣きそうな顔で飛び込んできた。
真っ先にレノの前に行くと、驚いて固まっている彼の胸ぐらを掴んで、この馬鹿手紙くらい寄越しなさいよ!と怒鳴って泣いた。
どうみても、想いの人の無事を確認して安心した姿だ。
「さて!これっくらいでいいか」
レノは荷台から降りると、壁に箒を立てかけて、手でエドガーを部屋の中へ促し、奥に消える。
その背中を追い、問いかけた。
「そういえば傭兵になってどれくらいになるんだ?」
「…なんでだよ、やっぱそんな信用できないか」
不機嫌そうな顔で振り返る彼に、エドガーは首を振る。
「いや、単純な興味だ」
疑った目をしていたが、少し考えてから答えた。
「確か…今年で三年目だ」
「三年か…たいしたものだ」
ここ数年、傭兵の世界は入れ替わりが激しい。
主な理由は帝国が次々と他国に宣戦布告しているからである。
雑兵のほとんどは正規軍ではないことが多い。
金で傭兵を雇い入れ、戦わせる。
レノが小さな馬車に近づいて、車輪ところにしゃがむ。
埃を払って、壊れていないか見た。
エドガーはその後ろで、棚の中を見たりしている。
「なあ、あんたさあ…」
車輪から離れて屋根のかけられていない荷台を点検しながら、横目でエドガーを見るレノ。
「なんだ」
「あんたっていくつなんだ?」
箒を見つけ、荷台に上がる。
「…私か?私は…23だが…それがどうかしたか…?」
そのレノを見上げて首を傾げる。
「年下かよ!!23に見えねえ…」
「君は私より年上なのか」
少し驚いて目を開くと、レノは顔をしかめる。
「ガキ臭くて悪かったな」
「い、いや、誤解だそう言う意味ではない。で…年齢がどうかしたのか」
「まあいいけど…、そういや許嫁がいたよなって思い出してな。名前なんつうの?美人?」
気を取りなしたレノが、にやにやしながら聞く。
「…セリーナだ…清楚で可憐で尚且つ知的な女性だ」
不安げな表情がふっと柔らかくなり、そんなエドガーをレノが呆れたように見下ろす。
「へ〜…ずいぶん惚れこんでんだ」
「ほ、惚れてるとかは別に…客観的な感想を言ったまでで…だいたい親が決めた相手で…」
ぶつぶつと言い訳のような言葉を出すエドガー。
「いいじゃんいいじゃん、親が決めたって言っても嫌いじゃねえんだろ?せーりゃく結婚ってやつ?」
荷台の埃を箒で掃くと、空気中に舞い上がっていく。