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ssグローバルかんたん携帯と弟


そう広くもない自室をばたばたと駆け回る持ち主に、政宗は溜め息を吐いた。


「政宗くん、僕の羽織を見ませんでしたか。菫色の…」
「I know、昨日そこの椅子に引っ掛けてたぜ」
「ああ!ありがとうございます」


薄い色の羽織を手に柔らかな笑みを浮かべた持ち主へ、異国語で『どういたしまして』と呟き、政宗はひらりと掌を揺らす。
色眼鏡を掛けた持ち主の双眸が不思議そうに政宗を眺めた。
共に来ないのかと尋ねるその視線に、政宗は形の良い唇を弛ませる。


「政宗くん」
「Don't be silly、デートに携帯なんて持っていくんじゃねえよ」

「ですが、急な呼び出しも…」
「No problem.イザとなりゃアンタの場所ぐらい俺が見付けてやる。楽しんでこいよ」


そうですか、と。
頬を紅潮させ、はにかみながら背を向けた持ち主の姿を見送り、政宗は一つ大きく息を吐き出した。
定位置となりつつある長椅子に寝そべり、何とはなしに隻眼をゆらりと揺らす。

蒼い着流し越しに左胸へ片手を当て、どくりどくりと脈打つ心臓の音に耳を澄ませる。
何時に帰ってくるのかねえと不貞腐れた様に呟き、くしゃりと頭を掻き回した政宗は記憶媒体へ保存している記録を再生させた。


始めに浮かび上がるのは、薄暗く寒々しい景色である。
何本もの管に繋がれたヒトガタ伝令神機が並び、品定めをする死神があちらこちらを彷徨いている。
幾つもの草履が己の前で立ち止まっては、悪態を吐き消えて行った。


『グローバル機能とか…使わないからなぁ』『日本語変換苦手?…必要ないだろ』『財布機能ねえの』『ワンセグもないじゃん』『他のと比べて…カメラ見劣りするなぁ』『外観だけ良くても…要らないな』『いくらプロトでもこりゃない』『そもそもなんで男なんだよ』『技術開発局の奴が変態だからだろ』『女の子ならまだ許せるけど、男じゃダメだろ』


笑い声が遠ざかり、暗転。
そうして一人の青年が政宗の前へと進み出る。
気付けば残る神機は政宗を含めた数体のみである。
青年は熱心に説明書きへ目を通しているように見えた。


『君は…ああ、外国語機能が充実しているんですね。操作も簡単だし…色も素敵だ』


柔らかな、それでいて芯の通った声が政宗へ向けられる。
政宗は隻眼を細め、己の手を取る青年の顔を見詰めた。




『ねえ君、僕の伝令神機になりませんか』




ふわりと浮かんだその笑みは、まるで春の陽光の様で。


「shit…」


映像の再生を停止させ、政宗は形の良い眉をきゅっと寄せた。
厄介な事だが、ヒトガタ伝令神機には望む望まないに関わらず持ち主を恋慕う思想が搭載されている。
主へ牙を剥かぬよう配慮された結果らしいが、こうなると余計なお世話であると言わざるを得ない。
青年との馴れ初めに高鳴る胸へ苦笑しつつ、政宗は二つの眸を脳裏に思い描く。
眼鏡越しに優しく細められた青年の深い紅色は今、恋しいと言って憚らぬ婚約者の少女に向けられているのだろう。


「…痛ェ、」


淡い悋気に焦がれる胸の軋みは己の物なのか、それとも自身と同じ造られた偽りに過ぎぬのか。
出て行ったばかりの背をこいねがい、政宗はまた一つ青臭い溜め息を吐いた。


嗚呼人の身の煩わしさよ
(じゃあ心が要らないかと問われれば、それはまた別の問題だ)
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