雲一つ無い清々しい朝。
大広間に集まるのはそれに反するような死んだような面持ちの新兵達であった。
「皆様、初めての五大強化修練はいかがでしたか?えぇ、いつもよりかなり辛い修行でしたでしょう。言っておきますが、あれでも新兵用にかなり甘くした修行内容ですので。所属している隊士達は毎日あれ以上の修行を熟し力を身に着けているのです。今回の修練は皆様に配属してもらう隊の見学も兼ねております。配属したい隊があるならば、これからも日々精進する事ですね」
いつもながら淡々とした話し方をするカンナギの挨拶は果たして何名の新兵達に届いているのだろうか……。
開会式と比べると参加している新兵の数は半分以下のようだ。
不参加の理由は諸々あるだろうが……カンナギからしたらそれも想定内のものであった。
「ではカクエン様、一言どうぞ」
「はぁ〜い。新兵ちゃん達お疲れ様〜、どう?大変だったでしょ〜?俺も昔は扱かれたんだよねー。まぁ君達若いから食べて寝たらすぐ回復するから大丈夫大丈夫!オジサンは最近胃もたれはするわ息切れはするわで大変なんだよねぇ〜」
「関係無い話は避けてくださいカクエン様。と、いうかまた朝からお酒を飲みましたね?閉会式で吐かないようにお止めくださいと申した筈ですが?」
「あべしっ」
カンナギの蹴りを喰らい地面に這いつくばるカクエンを見ても、新兵達はツッコむ気力すら無い。
「今日は休暇です。しっかり休んでくださいね。ではまた明日、各修行場に集まるよう」
ぐったりとするカクエンを担ぎなから去っていくカンナギ。
その言葉が終わると、新兵達は力が一気に抜けたかのように膝から崩れ落ちた。
「やっっっと終わった……!」
「正直今立ってるのも辛い……!」
「死ぬかと思った……!」
『腹減った』
「お前なぁ……」
弱音ばかりの新兵達の中で唯一オポムリアだけはすたすたと真っ直ぐ食堂へ向かった。
その背中を他は呆れながら見て、そして続いて向かうのだった。
「つーか、あれが不定期にやるんだろ……!?恐ろし過ぎる……!」
「印鑑どれも取れる気がしねぇ……」
「でも……暁部隊が強いって言われる理由がよく分かるな」
「確かに、隊長格じゃなくてもめちゃくちゃ強いからな……俺達もいずれはああなれるのかな……」
『なれるかなじゃねぇよ、なるんだよ。なんの為にあんなクソ吐きそうな修行してると思ってんだ。それにテメェ等だってここに入った理由、それなりにあるんだろ?自慢できるぐれぇ強くなってみろや』
「オポムリア……」
『それに暁部隊だけじゃなくてコード008部隊だって強いからな!ここに負けず劣らずの個性派揃いだけどよ』
「そういやお前の所の部隊も有名だよな……どんな奴がいるんだ……?」
『どんな奴って……そうだな……』
オポムリアは仲間の顔を思い出し、フッと笑いながら言った。
『まずトップがモヤシ(スコーピアス)だろ?副官がクソワニ(ブレイクステップ)、更に毒痴女(ポイズンベリー)、俺等の所の部隊の隊長が過保護ナルシスト(デルタシグマ)、副隊長がクソ真面目スナイパー(ツヴァイガン)、軍医がバイオレンスサド(ワイドメルト)、んで俺の相棒が腹黒トラパー(アクセルキャット)だ』
「待て待て待て、ほんとにそれ仲間か????」
オポムリアのあまりにも酷いあだ名に全員困惑するも、オポムリアは至って真面目にそう言うものだから更に困惑が加速するのだった。
「お前ちゃんと名前覚えてるのか……?」
『当たり前だろーが。ちゃんとここの奴等も覚えてるぞ、言ってやろうか』
「いい!!絶対また酷いあだ名で呼ぶんだろ!!」
『呼ばねぇよ!!』
ぎゃいぎゃい食堂で騒ぐオポムリア達であったが食事が終わると各自解散し、オポムリアもこれからどうするか、と悩んでいた。
『特にやる事もねぇしな……部屋で一日過ごすのもな……』
「オポムリア様!」
そこに現れたのはカザハナであった。
オポムリアを見つけると花が咲いたような朗らかな笑顔を浮かべ近寄って来る。
「お身体の方は大丈夫ですか?」
『おー、まぁな。俺回復早い方だし』
「それは良かった……。今日は新兵の皆様が休暇なので、オポムリア様さえ良かったら……その……町へ行きませんか?」
『町?』
「えぇ、暁部隊の周りにある町です。今やイザヨイも観光地としても有名なので美味しい所や景色の良い所もあるのですよ。オポムリア様にもイザヨイをより良く知ってほしいですし……もちろんオポムリア様に他に用事があるのでしたらまた別の機会にしますが……」
『いや、俺も暇だったからな。案内してくれ』
「良いのですか!よっしゃ……じゃなくて、はい!喜んで!」
嬉しそうに笑うカザハナに手を引かれ、オポムリアはカンナギの元へ連れて行かれた。
そこで外出届を記入し、提出すると門の外へと出たのだった。
『そういやお前、自分の持ち場はいいのかよ』
「大丈夫ですよ、私も今日はお休みですし、大体のの業務はハナムスビができますから。……いざとなったら看護兵長もいますし」
『看護兵長?そういや会った事ねぇな』
「いつもフラフラ何処かにいる人ですからね……タイミングが会えばご紹介しますよ。それよりもオポムリア様!今日は楽しみましょう♪」
『そうだな』
町の方へ歩いていくと、そこには賑やかな歓楽街が広がっていた。
どの惑星から来たのか分からない観光客が溢れかえっており、店の者も忙しそうに体を動かしていた。
「昔は何一つ無い寂れた土地だったんですが、暁部隊の設立と共に観光地としての計画も立てていましてね。今じゃ有名になって毎日賑やかでして」
『人が多いな……』
「ふふ、私イチ押しのお店に案内しますよ」
カザハナの案内でオポムリアはとある一件の店に辿り着いた。
そして中に入ると、カザハナは店の中の人物に声をかけた。
「カザナミ」
「!カザハナじゃねぇかンだよ帰って来るんだったら連絡ぐらい……って、え……」
カザナミと呼ばれた人物は嬉しそうに後ろを振り返りカザハナを見る。
しかしその隣りにオポムリアが居るのを確認するとぴしりと固まり、オポムリアの姿をジロジロと見た。
『んだよ』
「……大変だー!!カザハナが結婚相手連れてきた!!女将さん呼んで!後赤飯!!」
「ちょ!?カザナミ!まだ違いますって!落ち着いて!!」
「おいおいおいカザハナ!挨拶来るなら尚更予め連絡寄越せっての!!悪ぃなアンタこんな仕事着で挨拶なんて……!オレはカザナミ!カザハナのきょうだいだ!今はここの飲食店で働いてるんだがカザハナとどこで知り合ったんだ?こいつ弱っちいしなよなよしてるからいつ相手に巡り会えるか不安だったんだけどいやぁ貰い手あって良かった良かった!んで?式はいつだい?」
「カザナミ!!」
珍しく顔を真っ赤にして怒るカザハナ。
オポムリアはいきなり何の話をしているんだ、とぽかんと口を開けて唖然としていた。
───…。
「なぁんだよぉ結婚相手じゃなかったのかよ」
「だから違いますって言ったでしょう……!ただ観光と貴女に紹介したかっただけで……!全く昔から貴女は早とちりが過ぎるというか……」
「悪ぃ悪ぃ!いやでもアンタが宇宙船でカザハナを助けてくれたんだってな!感謝する!」
『別にいいって』
「せっかく家に来てくれたんだ!何でもご馳走するぜ!」
『お、いいのか?じゃあこれとこれとこれ、頼む』
「お〜食いっぷり良いねぇ〜!なぁほんとにカザハナの結婚相手にならねぇ??」
「カザナミ!」
『悪ぃけど修行に来てるからそういうの考えてねぇんだわ』
「なんだよお硬いなぁ、あいた!」
「もうその話は止めてくださいカザナミ……!」
真赤になりながら叱るカザハナはオポムリアの方を見ると、オポムリアは追加でなにを頼むか悩んでいた。
全く気にしていない様子に少しがっかりするも、カザハナは気を取り直し違う話題へと切り替えた。
「ここは私達がお世話になった場所なんです。戦争で故郷の惑星から逃げてきた私達を、ここの女将さんが保護してくれて……」
『へー、お前の所の故郷って何処だ?』
「ここからはうんと遠い惑星ですよ。小さい田舎の惑星で、デストロンとの戦争で戦力の無かった私達はあっという間に追い詰められて……今はデストロンの領地として占領されてしまってますが……いつか取り戻したら、カザナミと一緒に帰ってみたいですね」
『そうか。……いつか帰れるといいな』
「はい、そうですね」
ふふ、とどこか寂しそうに微笑むカザハナ。
そこへ一人の女性が近づいてきた。
「アンタがカザハナの恩人かい。今カザナミから聞いたよ」
「女将さん!」
背の高い凛とした声のその女性は、カザハナのいうここの店の女将であった。
クロユリとはまた違う艶のある女性……その女性は深々と頭を下げた。
「カザハナが世話になったね。アタシからも礼を言わせてくれ。アタシはアカマツ、この店の主だよ」
『俺はオポムリアだ』
「そうかい、いい名前だね。礼が遅くなってすまないが今日はたくさん食べてっておくれよ」
『おう、美味そうだし遠慮無くいただくぜ』
「女将ー!ついでにカザハナの嫁にしようぜ!」
「カザナミ!!いい加減に……!」
「カザナミィ!口より手ェ動かしなァ!」
「ヒッ!すんませんッ!!」
カザハナが怒るよりも先にアカマツの怒号が飛ぶ。
ビリビリと鼓膜に響くアカマツの声に驚くと、にっこりとアカマツは微笑んだ。
「すまないねェお客さんの前ではしたなくて。んまぁでもカザハナはいい子だから結婚は駄目とは言わないさ、修行で来てるんだからそうはいかなくとも……頭の片隅にでも置いて暇な時に考えておきなよ」
「女将さんまで……!」
『面白いなお前の家族』
「……申し訳ありませんオポムリア様……!こういうつもりでは……!ただ女将さん達の料理を食べてもらいたくて……!」
『お、料理来たぞ』
運ばれてくる料理を見てオポムリアは美味そう、と呟いた。
全てが揃うと手を合わせ、口に入れた。
『!美味ぇ!』
「それは良かった、オポムリア様に喜んでもらえて私は嬉しいです♪」
『ありがとなカザハナ、いい店紹介してくれて。今度マスター達にも教えるか』
「まぁ、オポムリア様のお仲間にも是非!」
暫し食事の時間を楽しんでいると、一人の青年が店に入ってくるのが見えた。
カウンターにいるカザナミは「いらっしゃい!」と元気に声をかけ、青年が差し出した紙を受け取っていた。
「お、いつものか?待ってろもう準備できてっから……あいよお待ち!」
「………………」
「あら、カガリビくん。お久しぶりです、おつかいですか?」
「………………」
カガリビと呼ばれた青年はカザハナに気づくと、にこりと微笑んだ。
そして目的の物を受け取ると、二人に軽く会釈をして店から出て行った。
『知り合いか?』
「えぇ、カガリビくんと言ってこの惑星イザヨイにある霊園のスタッフですよ。たまにここにお昼を買いに来てくれるんです」
『霊園……ここそんなもんまであんのか』
「まぁ……この惑星も過去に色々あったみたいですし、慰霊の意味も込めてあるんですよ」
『そっか』
お手本のようなカガリビの笑顔になんとなく引っかかりを感じるも、オポムリアはまぁいいかと食事を再開した。
食事が終わり食後のお茶を飲み、アカマツとカザナミに挨拶をすると外へ出る。
さて次は何処に行くのか、とカザハナに聞こうとした瞬間、悲鳴が聞こえた。
「泥棒ーーっ!!」
「え?」
『あ?なんだ騒がしいな……』
「どけ!」
「きゃ!」
『!大丈夫か?』
猛突進でやってきた男によりカザハナが突き飛ばされたが、それをオポムリアは抱えた。
文句の一つでも言ってやろうとしたが既にしの人物は屋根に飛び上がり何処へと行ってしまった。
『おいこら謝罪ぐらいしやがれ!』
「泥棒!泥棒だー!誰か捕まえてくれ!」
『泥棒……?って、今のか!?』
「なんだいなんだい!泥棒!?」
「嫌だねェ……観光地として盛り上がってくれるのは有り難いが、人の多い場所にはああいうのが増えちまって困るよ。ま、うちは防犯に関しては万全の対策してるけどネ」
騒ぎを聞き店から顔を出すカザナミとアカマツは被害に合った店を見てそう言った。
オポムリアは舌打ちをすると、カザハナを二人に託し泥棒の逃げた方へと走り出した。
「えっ!ちょっとオポムリア様……!まさか捕まえに行く気ですか!?」
『すぐ戻る!』
「えぇ……!?まぁ、そんな所も素敵なんですが……お怪我だけはしないでくださいね!まだ修練の時の怪我が完全に癒えてないのですから!」
カザハナの言葉はオポムリアに聞こえているか分からない、それ程までにもうオポムリアは見えなくなっていたのだった。
「正義感の強い娘っ子だこと」
「うぉすげぇもうあんな遠い!」
「オポムリア様……」
───…。
「ははは……!流石観光地、金持ってる奴等がたくさんいやがる!それにここは昔から戦争の耐えない土地だったらしいから運が良ければマニアに売れそうな古い掘り出しモンもありそうだな……!」
『お前どんだけ盗むんだよ』
「!?何だおま」
台詞の途中で男に強烈な蹴りが入る。
短い悲鳴を上げながら金品をばら撒き地面に倒れた男は、何事かと目を白黒させながらオポムリアをようやく捉えた。
『盗みは良くないぜ』
「っ!お前……!暁の奴等か!?」
『いや、あ、あー?今はそうなのか?まぁどっちでも良いだろ、さっさと返せ』
「断る!」
『お』
男がオポムリアに殴りかかろうとしたが、それを簡単に避け更に腹に蹴りを入れた。
「がっ……!」
『悪ぃ事は言わねぇから、今なら半殺しで勘弁してやるわ』
「それ妥協してねぇだろ!(なんだこの女強いぞ……!ならば逃げるしかねぇ!船まで行っちまえばこっちのもんだ!)」
『あっまた逃げんのかよ!』
踵を返し走り去る男を追いかけていくと、次第に景色が変わりとあり門を潜り抜けた。
男は庭らしき場所に逃げ込み、オポムリアもそれを追った。
『(何処だここ……?随分離れちまったな……くそしつこいなアイツ!さっさと捕まえてやる!)』
「(ここをショートカットに使えば船が止めてある場所に着く!船の近くまで行けば仲間だっている!流石に男複数には勝てまい!)」
『待ちやがれ!』
「はっ!誰が待つかよ!っ!?」
突如男の姿が消え、一瞬の静寂にオポムリアは動きを止めた。
何処に行った?と見渡すと頭上の方から男の苦しそうな呻き声が聞こえた。
「あ゛っ……!く、そ……なんだ、これ……!」
木に男が吊るされている。
地面を見ると変に土が抉れており、罠が設置してあるとオポムリアは瞬時に察した。
しかしなぜこんな所に?と疑問に思っていると、背後から人の気配がした。
「………………」
『……お前……確か……』
「………………」
『……あー……名前なんだったか……』
「………………」
アカマツの店に居た青年……カガリビがそこに居た。
清掃中だったのか箒とバケツを持ち、袖を捲り露わになっている腕は少し汚れていた。
オポムリアと男を交互に見て微笑み、なに思ったか箒とバケツをゆっくり置くと…………いつの間にか持っていた刀の刃先をオポムリアへ向けた。
それに気づいた直後、カガリビはオポムリアに斬り掛かった。
『!何しやがるテメェ!』
「………………」
『聞いてんのか!?なんでいきなり斬り掛かってくるんだよ!』
「………………」
『おい!っ、の!』
「!」
オポムリアも抜刀し、カガリビの刀を刃で受け止めた。
目を見開き驚いたような表情をするカガリビだったが、瞬時にいつもの笑顔に戻り再度攻撃を繰り出した。
『!(早ぇ……!なんだコイツ……!暁の新兵……いや下手したら一般隊士より強いんじゃねぇか……!)』
「………………」
『っ!おい!話聞け!ここお前等の領地だったか!?だとしたら勝手に入ったのは悪ぃ!でも俺は敵じゃねぇ!敵はあっちだ!』
「………………?」
『お前聞こえてんのか!?』
攻守をしながら必死に訴えかけると、カガリビは不思議そうな顔をしていた。
しかし攻撃は止むこと無く、オポムリアは次第にイラつきを感じ始めていた。
『っ……の……!テメェいい加減にしろよ!?こっちはまだ傷の癒えてねぇ病み上がりなんだから!!病人は……!大切にしろやぁぁぁぁ!!』
「!」
隙をつき、カガリビの背後から峰打ちをした。
衝撃により体制を崩し転ぶカガリビを、オポムリアは睨みつけた。
『はぁ……はぁ……ったく……なに勘違いしてんのか分かんねぇが無駄な争いしてんじゃねぇ!』
「…………あ……」
『あ?』
「………………」
カガリビは刀を置き、何をするかと思いきや腕や手を動かし何かを訴えていた。
しかし内容が分からずオポムリアが首を傾げているとカガリビも何かを諦めたように懐を探り、紙とペンを取り出した。
「"あの男とはお仲間では無いのですか?"」
そう書かれた紙を見て、オポムリアは怒りながらも首を振った。
『あの泥棒男を追いかけて来たらここに来ちまったんだよ』
「"泥棒?なるほど……すみません、僕の勘違いだったみたいです"」
『いやだから勘違いだって言ってんだろ!』
「"申し訳ない"」
と、困ったように微笑むカガリビ。
一方その頃泥棒の男は……なんとか縄から抜け出し、こそこそとその場を後にしようとしていたのだった。
「(何か知らねぇが好都合だ、今のうちに逃げちまえば……)」
「おやおや、そんなに急いで何処に行こうとしてるのだろうね?」
「!」
「"ここに無断侵入して来た不審者かと思いまして"」
『誰が不審者だ!つーか不審者かと思ってもいきなり切りつけてくるやついるか!?』
「"随分と殺気立っていらっしゃったので、殺られる前に殺ろうかと"」
『涼しい顔してなにしれっと言ってやがんだ……!あ!つーか泥棒!あいつこの間に逃げ出したんじゃ……』
と、オポムリアが泥棒の方へ向かうとすると、地面に何かが転がってきた。
その正体を確認すると、先程まで吊るされていた男だった。
何も言えないよう口にテープを貼られ、更に縄で巻かれた男は既に気絶しているようだ。
一体何が起きた、と唖然としていると二人に声が掛かった。
「カガリビよ、詰めが甘い」
「………………」
『(誰だこいつ……さっきまで気配しなかったが……なんだこの重圧感……)』
黒い服を来た尼僧のような女性がそこに立っていた。
表情は穏やかであったが、カガリビを叱責する声はオポムリアの言うとおり重圧感のあるピリピリとしたものであった。
白い肌に細い手足、華奢な女性であったがそれに反比例するように、顔の左側には大きな傷痕があった。
それを隠すように左目には眼帯をつけており、只者では無い異様な雰囲気を漂わせていた。
「おや、お前……暁の所に来た新参者だね」
『なんで知ってんだよ』
「小さい惑星だからね、噂話は直ぐ広まるんだ。カガリビが世話を掛けたね」
『いや……別に……』
「………………」
「言い訳はいいから、お前は仕事に戻りな」
「………………」
先程オポムリアにしたようにカガリビは手で何かを訴えていた。
この女性にはそれが伝わったようで何事も無く会話をし、カガリビはオポムリアに頭を下げ清掃用具を持ち何処かへと行った。
「さぁ、て。せっかく来てくれたんだからお茶にでもしようかね」
『こいつは?』
「もう警察には連絡してる。直に引き取りに来てくれるさ。なぁに安心おし、こいつ等の仲間はさっき纏めておいたから」
『は……いつの間に……』
「この惑星で犯罪犯すなんて、愚かな真似はさせないよ。きっちり罪を償って貰わないと、それにあいつ等、罰当たりな事にここのモン盗ろうとしてね……殺生は禁止だが折檻はさせてもらったさ。こんな雑魚はほっといて、少し話をしようじゃないかオポムリアよ」
『………………』
促され、傍にあった屋敷の様な場所に案内されるオポムリア。
その中の一室に通されると、傍にあったソファに座り込んだ。
「ここは惑星イザヨイの魂の集まる場所、サトリ霊園さ。私は管理人のホタルビ、あの子は使用人のカガリビだよ」
『……俺はオポムリア』
「あぁ、コード008部隊のじゃじゃ馬娘だろう?聞いているさ」
『げ、何処まで知ってんだよ……』
「ははは、さぁて何処までかな」
茶化すように笑うホタルビ。
そこへカガリビが二人分のお茶と茶菓子を持ち、静かに二人の前へと差し出した。
そしてにこりと微笑み去っていく。
『なぁアイツ……』
「カガリビか?あの子は私が拾って育てた子だよ。死にかけだったから生きてるのが奇跡だね。私も年だから体にガタが来ててね、家事や霊園の掃除をさせてるよ」
『へー……』
どうやらカガリビもカザハナとカザナミと同じ様な境遇らしい。
思い出せば同じ新兵にも似たような境遇の者もいた為、昔のイザヨイ近辺は相当荒れたものだと思わせた。
『昔のこの辺の惑星って……なんつーか悲惨だな』
「いつの世もそうさ、私達は争いが耐えない世界にいつもいるんだから。抗う術を持たない輩は死ぬ、役目を終えた者も死ぬ、勿論悪行を尽くした者だって最期は死ぬんだから。行き着く先は同じなんだからもう少し平和に過ごしゃいいのにね」
『まぁ……そうだな』
「それよりも、暁部隊での修行はどうだ?吐きそうな程辛いだろう?」
『なんでちょっと楽しそうに聞くんだよ…………毎日毎日ゲロりそうだわ。……でも……着実に強くなってるんじゃないかって思ってる。俺は今までコード008部隊の中でしか生活して無かったから世の中にはまだまだ強い奴がうじゃうじゃ居るんだなって。俺の見ていた世界はほんの一部だったんだなって……宇宙って広いから当たり前なんだけどよ』
「そうかそうか、もっと色々な世界を見て成長するんだぞ」
ぽん、と頭を撫でられ驚くオポムリアだったがどこか嫌な気はしなかった。
「して……シラヌイの話は聞いたか?」
『!』
シラヌイ、その名が現れたオポムリアは驚いた。
不吉な噂を聞いた為、ホタルビは何か知っているのかと思い目を見た。
ホタルビはオポムリアの目から視線を離さず、ただオポムリアの言葉を待っていた。
「そうか、お前も噂は聞いたか。……どう思った、率直な感想で良い」
『……なんでそんなやべー奴、ここに居るんだって思った。でも何らかの理由があってあんな事起こしたんだろ?そりゃ、人殺しはどんな理由があろうと大罪になるだろうけど……アンタなんか知ってるのか?』
「……さぁ、私も詳しい話は分からん。が……シラヌイがなにか大きな物を一人で抱えている事は分かる。だからこそ、なにか支えになってやりたいのは山々だがアイツは何一つ口を開かないし、ここ何十年顔も合わせていない。……知られたくない何かはあるのだろうけどな」
『知られたくない何か……』
シラヌイの氷のような瞳を思い出す。
人を見下しているような、光の無い冷たい瞳。
他者に近寄って欲しくないという想いが募ったその瞳をよくよく思い出すと、どこか寂しさを感じさせるものがあった。
やはりあの男、何か抱えている。
オポムリアはそう考え、またいつか会った際に会話を試みてみようと決めた。
「ったくあの坊主……人様に何十年心配かければ……」
『?』
「あぁ、何でもないさ」
しばらくホタルビと話していると、置いてきたカザハナ達の事を思い出し戻ろうとした。
「そうか、また来ると良い。今度はちゃんと正面玄関から来るんだよ」
『はいはい、今度からは不法侵入しねぇって』
「はは。カガリビ、送ってやりな」
「………………」
『いいって』
「いや、ついでの買い物をさせようかと」
『ついでの買い物かよ』
「じゃ、修行に励むんだぞオポムリア。……あぁ、あとカクエンやカンナギに宜しく伝えといてくれ」
『?おー』
不敵な笑みを浮かべるホタルビに怪しさを感じつつも、オポムリアはカザハナの元へと戻るのだった。
───…。
「!オポムリア様!ご無事でしたか!?犯人は捕まったとお聞きしましたがオポムリア様が一向に帰ってこないので心配しましたよ……!」
『悪ぃ、ホタルビと喋ってた』
「まぁ、ホタルビ様と。だからカガリビくんと一緒なんですね」
「………………」
『持たせて悪かったな』
「いえ、でもそろそろ帰らないと……」
『もうそんな時間か?早いな』
「えぇ、もっと色々な所へ行きたかったですが……また次の機会にお願いしますね」
『ん。じゃあなカガリビ』
「………………」
相も変わらず微笑んでいるカガリビは小さく手を振ると二人に背を向け帰っていく。
オポムリアもカザハナと共に、暁部隊へと帰るのであった。
───…。
「いぇ〜いオポムリアちゃんお帰り〜。カザハナちゃんとデートだったんだって?ヒューヒュー若いねぇ〜!」
「茶化すのは止めなさいカクエン様」
もう見慣れた光景であるカンナギの折檻を横目に見つつ、オポムリアは帰宅の報告をして帰ろうとした。
が、ホタルビの言葉を思い出すと振り返り、二人に話しかけた。
『そういや今日サトリ霊園のホタルビって奴と会ってさ。お前等によろしくだってさ』
その名を口にした瞬間、カクエンとカンナギの動きが止まった。
カクエンは持っていた酒を落としそうに、カンナギはカクエンに振り上げていた拳をゆっくりと降ろした。
「ふ、ふ〜んホタルビちゃんに会ったんだ〜へぇ〜、あの人元気だったでしょ〜??」
「そ、そりゃあ元気でしょう……。カクエン様、また会いに行きましょう」
「え゛、お、俺は仕事があるからなぁ〜。カンナギちゃん一人で行ってよ」
「何でですか」
明らかな挙動不審な二人を変に思いながらも、オポムリアは自室へと戻るのであった。
『明日からまた修行か……うっし、やるか』
こっそりと気合を入れると同時に腹が鳴り、夕食の為に食堂へ向かうのであった。