不思議な感覚に襲われて、思わず僕は立ち止まった。
「……?」
空を仰いで、未だ尾を引くその感覚に眉をひそめる。
「どしたのー、シュード」
僕の一歩後ろを歩いていたキアラが、横から顔を覗かせて、僕に訊く。
「なんだか、凄く難しい顔してるけど」
キアラは、指を自分の眉間に当てて、僕と同じ顔をしようと、一生懸命眉を寄せる。
恐らく僕は、そんな顔をしているのだろう。……そこまで間抜けな顔ではないだろうが。
「あ、今なんか失礼なこと思ったでしょ」
何の電波を感じとったのか、或いは読心術でも備わっているのか、僕の胸中を当てたキアラは、不満そうに表情を変える。
「思ってません」
「嘘つきー。顔に図星ですーって書いてあるよ」
「書いてない」
まったく、変なところは鋭いんだから。と、こっそりため息をついて前を見る。
僕たちが遅れているのに気が付いたカノンさんが、立ち止まって待っている。
「ほら、キアラ。早く行かなきゃ」
「止まったのはシュードでしょー」
あたしのせいじゃないよーと、ぶー垂れるキアラの小言を聞き流して、カノンさんに追い付く。カノンさんは、僕たちが小走りで行くと何も言わずまた前を向いて行ってしまった。
剣を抜いて、余計な草を切り払い、僕たちが歩きやすいように道を作ってくれる。
「後でお礼、言わなきゃね」
「うん、別にって返されそうだけど」
本人にとっては、なんでもないことなのだろうけど、僕たちにとっては小さな優しさだった。
無口で無愛想で、多くを語らない人だから、行動で読み取るしかない。行動とかを見てると、本当は優しくて、お節介な人なんだと思う。
「そう言えばさ」
カノンさんの背中を見つめて考えていた僕は、キアラの声で引き戻される。
「何?」
「さっき立ち止まって、何を見てたの?」
「特に何も無い。けど……」
「けど?」
「何か、変な感覚に襲われて」
さっきの感覚を思い出して、もどかしくなる。
あれは、一体なんだったんだ。
「変な感覚?」
「うん。どういう風に表現したらいいのか、分からないんだけど。そうだな……例えるなら、夢を見ていた感じ」
「夢? 歩きながら?」
「多分、そう。歩いてる感覚が、その時だけ無かったんだけど」
いや、向こうで歩いていたと言うべきか。
あれは、あの不思議な感覚は、キアラに引き戻された時と良く似ている。
「どんな夢だったの?」
深い青色の大きな瞳を興味津津に輝かせて、キアラは尋ねてくる。
「質問攻めだね」
「だって興味あるんだもん。歩きながら夢見てるなんて」
「別に好きで見てたわけじゃないよ」
「はいはい。で、で? どんな夢?」
「えーとそうだな、それは」
例えて言うならば、もう一つの世界にもう一人の自分。
そこの世界では二人ぽっち。僕と、今より少し感情が豊かなカノンさんと。
「えー、あたしはー?」
「いや、それが……まったく存在して無かった」
「うわ酷い!」
「ほんとにねー」
我が夢ながらそう思う。それに、何故カノンさんなのか。
カノンさんは、ここに来て初めて会った人だ。夢にまで見るような、親しい仲ではない。
二人ぽっちの世界……。
なんて静かで、なんて寂しいのだろう。
夢の中の僕も、カノンさんも、人の暖かさや騒がしさや、一緒にいてくれる安堵感を知らない。
二人っきりで閉じこもったまま。もしかしたら、その時だけだったかもしれないけれど。
「そう考えると」
「ん? なぁに?」
このかしましいキアラが一緒にいてくれて、良かったと思える。
静かなのは好きだけど、寂しいのは嫌だな、なんて。
「なんでもない」
きっと、まだ出会っていないだけ。
夢の中の僕とカノンさん。
二人に、暖かいものを教えてくれる人。
「なんでもないってねぇ!」
「怒る必要ないでしょ。ただ、そうだなぁ」
「なに」
「キアラがいて良かったってこと。それと、ありがとう」
「へっ?」
訳が分からないという顔をして、キアラは間抜けな声をもらす。
そんなキアラに笑いかけて、また広がってしまったカノンさんとの距離を縮めるため、小走りで追いかける。
あぁ、そうだ。今度カノンさんに話し掛けてみよう。
ありがとうって言うのとしばらく一緒にいてくれないかっていうお願いと。
「あ、ちょっと、シュード!」
置いて行かれたキアラが、僕の名前を叫ぶ。
一旦立ち止まって、振り向いてキアラを呼ぶ。
キアラはその場で地団駄を踏んで怒りを現わした後、ポニーテールを揺らして走り出した。
シュード:15歳
髪:色素の薄い茶色。うなじが隠れる程度の長さ
瞳:明るい黄土色
考古学者見習いの少年。イギリス出身。
お人好し。人一倍興味心が強い。歳相応に子どもっぽければ、歳不相応に大人っぽい一面がある。
キアラ:15歳
髪:輝く金髪をポニーテールにしている
瞳:深い青
シュードと同じく考古学者見習い。イギリス出身。
かしましいの一言に尽きるが、愛嬌がある。歳相応に子ども。
シュード以上に物事に興味を示すかと思えば、興味がないものにはトコトン冷たい。
くるくる良く表情が変わる。