古城がそびえ立つこの世界にも夜の帳が降り、冷たい冬の風が頬を掠める。
庭には薔薇園があるが葉には雪がまだうっすらと残っている。春はまだ、訪れそうにないと思いながら目を伏せ翡翠は窓を閉めた。
カーテンをし、部屋に明かりを灯したところで時計に目をやると思ったより遅い時間に驚く。随分と日が長くなったものだ。
さて、これから何をしよう。
そう思考した直後にタイミングよく、コンコンコンとノックの音が響いた。
「はい。」
礼儀正しく返事をし、扉を開ける。
すると、珍しい格好をした人物…月光花が姿を表した。
後ろの髪を一つにまとめ、ボルドー色のフリルブラウス黒のリボンタイをし、その上には黒の燕尾のジャケット。そして細身のズボンを履いている彼女は見た目麗しい少年のようだ。
翡翠は思わずあまり見ない格好に目を丸くしたが、はっとしてすぐ表情を戻した。
「どうぞ。」
とりあえず部屋に招き入れ、彼女を椅子に座らせ紅茶を淹れた。
「ありがとう。」
「うん。今日はどうしたの…?」
月光花は微笑みながら礼をし、翡翠は微笑み返し要件を尋ねる。
すると彼女は首を傾げてこう答えた。
「今日は3月14日だよね?ホワイトデーという日…だったかな。」
「あ……」
そういえばそうだったと思う。
「今日はバレンタインデーのお返しをする日なんだよね?だからお返しをしようと思って。
僕が知っているバレンタインデーは日本式だったんだね。僕は今まで女性が男性にチョコレートを渡すのが普通だと思っていたんだ。けれど、今年は反対に僕は君からチョコレートを貰った。ここでいう逆チョコ?っていうのかな。
でも、欧米では男性から女性へ贈り物をするのがバレンタインなんだね。そしてホワイトデーは存在しないと…国に色々違いがあるだなんて思わなかったよ。」
月光花はそう言いながら紫色のリボンをつけられラッピングされた箱を取り出した。そして両手で持ちそれを見つめる。
「全く不思議なものだよね。バレンタインの起源の国にはこういった行事はないのに日本やアジアの一部の国では催されるなんて。製菓会社の人が考えたって聞いたよ…よく考えるなぁ。
あ…起源とかはどうでもいいんだけれど。」
イベントは沢山あった方が楽しくていいと微笑む。
「チョコレートありがとう。とてもおいしかった。」
「ううん。どういたしまして…!」
翡翠はお礼の言葉とお返しの品を渡され嬉しく思った。しかし、それを渡してきた彼女は眉を下げ困った顔をし目を伏せテーブルに目をやった。
「ごめんね、情けないことにいつもバレンタインデーにあげてホワイトデーはお返しをもらう立場だったから僕はホワイトデーのことがよく分からなかったんだ…。調べても出てきたのはさっき話した起源ばかりで…。僕が知りたかったのはそこじゃないのになぁ。
キャンディやマシュマロを贈るっていう話も正しいのかな?人々の記憶を見たらそうとも限らないし…お菓子だったら何でもいいのか…明確なルールって何だろうね?」
「うーん…よく考えてなかったよ…。そういえばそうだね…。」
悩み始める彼女を見てそういえば自分も決まりを気にしたことがなかったと思う。
「でも…それを用意した後に一番重大な点を見落としていたことに気づいたんだ。それだけじゃ駄目だったって。」
伏せていた目をあげ真面目な顔をして翡翠を見る。
真剣な眼差しに思わずドキリをした。しかし、もうお返しを貰ったのにそれのどこがいけないのかさっぱりである。
「手を出して貰えるかな?」
「え…うん…?」
よく分からないが手を出す。そして彼女の手が自分の手を掴んだ。
訳も分からず視線を手元と彼女の顔を右往左往させる…と、その瞬間、指がひやりとした。
指に銀色に輝く雪の結晶がはめ込まれた指輪がはめられていた。繊細な模様がはめ込まれている。
「え……えぇっ……?」
「気に入らなかったかな…アクセサリーは趣味じゃないかな…?あ…指輪は邪魔になるよね…でも、ネックレスにもできるよ!」
はい、と手にチェーンを乗せられた。
「ホワイトデーは三倍返しが基本って聖夜が言っていたよ。三倍の基準が分からなかったけど。
ホワイトデーはよく分からなかったけどこれは確かだよね、きっと。」
三倍に足りなかったら、どうしようか…うーん、じゃあ欲しいものあったら教えてね。
両手をあわせながら笑い、月光花は席を立った。
「あ、夕食まであと少しだし、お菓子は後の方がいいと思うな。じゃあお邪魔しました!」
「うん…ありがとう……」
ドアノブを握りながら振り返り付け足す。そして、ガチャリとドアがしまった。
一連の動作を頭が真っ白になりながらも見送った翡翠はゆるゆると崩れ頭を抱え溜め息をついた。
しばらく顔はあげられそうにない。
白いため息