「怖いねぇ、怖いねぇ」
にたり、と。
真っ赤な唇が嗤って言った。
「僕はこれでも、一応人間にはまだ優しいからねぇ…それはちょっと、酷すぎない?」
それ、と指を差して彼は言う。
指さした先には赤い水たまり。
その中に、ぽつんと男が佇んでいた。
その男も、頭の天辺から足の先まで、真っ赤に染め上げられている。
…それは、どう見ても人間の血液だった。
その証拠に、この部屋中に鉄臭い匂いが満ちている。
気分が、滅入りそうになるほどの異臭。
その元凶が、佇む男の足下に転がっていた。
だが、もはや原型を留めてはいない。
見ていられない光景が、そこにはあった。
だが彼は顔を背けなかった。
銀の前髪に隠れた淡い緑の瞳を弧に描き、紅を引いた唇を歪める。
──完全に、それは笑顔と呼ばれる表情だった。
「それに、僕はそこまで怒っちゃなかったさ」
「……いいや、貴方の気持ちはお見通しだよ」
と、誰かが彼にそう答えた。
佇んでいる男ではない、彼の背後からだ。
「貴方は嘘が好きだ、でなければどうして私がここまでしようか?」
「それは、君が猟奇的だからじゃなあい?」
くすくす笑いを零して、彼は背後からの問いに答えた。
わざわざ振り返って、相手を確認する必要はなかった。
彼は、とっくに気付いていたからだ。
そうでなければ、彼が黙って背を見せる訳がない。
「私が猟奇的?」
背後が、少しだけ笑いを混ぜ込んで呟く。
「それは大いに勘違いしているね、私は決してそうじゃない。貴方の命ずるままに動いただけ…そう、どちらかと言えば、貴方が猟奇的だ」
「ふふん?まぁいいけどね…でも、君も嫌いじゃあないでしょ?」
ここで、初めて彼は振り向いた。
何となく、背後の今の表情が知りたかったからだ。
そこには、黒髪の男がいた。
その男は、今も血だまりに佇む男と、全く同じ顔だった。
ただ違うのは、その顔はほんの少しだけ笑っているということ。
男は、笑ったまま答えた。
「嫌なら引き受けたりはしないさ」
「ほぅら、やっぱり猟奇的」
彼が満足げにそう宣言すると、人指を立ててさっと横へ振った。
途端に、それまであった光景は消え失せ、辺りには何もない空間が広がった。
それから彼は、男へ赤いつぼみの花を差し出した。
「はい、お約束の品物」
「これは綺麗な…」
受け取り、男は至極嬉しそうに言った。
彼は、片目を閉じウィンクしてみせると、得意げに言ってみせた。
「だってそれ、恋人を返してってお願いだったからさ」
「愛と憎悪の結晶なら尚更美しいね」
と、男はそれに口付けて、赤い瞳をそれは愛しげに細めて。
「…魔法使いから逃げなければ、この願いも叶って、私に会うこともなかったろうにね…」
男は、しかし、実に愉しそうに言葉を紡いだのだった。