話題:童話
「あの日は…」
誰に訊かれた訳でもなく、アラン・ベネディクトが語り始めました…。
「あの日は、そう…ハイスクールの進路相談の日でした…」
それに依ると、アランはあの日、初めて父親に向かって
『自分も父親と同じ菓子職人になって【ベネディクト菓子店】を継ぎたい。その為に、カレッジには進まずにイタリアかベルギーで菓子作りの修行をしたい』
緊張しながら、そう告げたそうだ。
ところが意外にも父親は反対した。それは、その道のりに、どれ程の苦労が待ち受けているのか彼は身を持って知っていたからだ。しかし、それでも若いアランは一歩も退かずに自分の決意を語り、両親の説得に成功した…。
そして、それこそが【キラキラと輝く球体】の中で映し出された場面だったのだ、とアランベネディクトは三人に説明したのでした。
「小さい頃からずっと、街の人たちに愛される【ベネディクト菓子店】を見て育って…僕は、それを守りたいと強く願ったのです」
噛み締めるようなアランの言葉に、三人が静かに、しかし、深く頷きます。
「でも…いつの間にか僕は“あの時の気持ち”を忘れてしまっていた…だから僕は今日…」
そう言うと、アランはカウンターの後ろに行き、レジの下から一枚の薄い紙切れを取り出して三人に見せたのです。
そこには、こう書かれていました。
《閉店のお知らせ》
それは、マルグリット夫妻が危惧していた事でした。
「でも…」
アラン・ベネディクトが紙切れを破きながら云いました。
「今はもう店を閉めるなんて考えていません。昔ほどの賑わいは無いけれども、それでも店を大切に想って下さる常連のお客様だって何人もいますし、第一…僕の気持ちが昨日までとは違います。簡単に諦めるなんて、あの日の僕に恥ずかしくて…そうか…結局、全ては僕自身の心の問題だったのか…」
最後は完全に独り言のようになっていましたが、ラマン巡査もマルグリット夫妻も、そんな独り言を呟くアラン・ベネディクトの瞳の中に、“キラキラと輝く光”と同じ煌めきを見たような気がしました。
「どうやら…あの【キラキラ】はベネディクトさんの“落としもの”だったみたいね」マルグリット夫人が云いました。
「そういう事なのだろう…」
とマルグリット氏。
「確かに…」
自分の胸の【輝く光】が消えた辺りに手をあてながらアラン・ベネディクトが答えます…
「きっとアレは…今日、僕が店の前に立って、《閉店の貼り紙》をいつ貼ろうか悩んでいた時に僕の中からこぼれ落ちたものに違いありません。でも…結局のところ、あの【不思議なキラキラ】の正体はいったい何なのでしょう?」
アランの疑問に答えたのは、先ほどから何か考え込むように腕を組んでいたラマン巡査でした。
「私が思うに…あの“不思議なキラキラ”の正体は…上手く説明出来ないのですが、なんと云うか…【最初の気持ち】のようなものではないか、と」
「…【最初の気持ち】ですか?」
少しきょとんとした表情でマルグリット氏が聞き返します。
「はい…あの“キラキラ”を覗き込んだ時、私は交番勤務初日の自分、あの時の気持ちを思い出しました。確かマルグリットさんも役所で初めて係長になった時の事を思い出したと仰有ってましたよね?」
「ああ!…確かに云われてみればその通りです!」
「そしてマルグリット夫人…貴女も、初めて街に越して来た時の事や、【虹泥棒の万華鏡】の本を息子さんに読み聞かせていた頃を思い出した。もしかして、【虹泥棒の万華鏡】は貴女が母親として初めて子供に読んであげた本なのではありませんか?」
その言葉にマルグリット夫人の表情が変わりました。
《続きは追記からどうぞ》♪