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庭球ss誰も知らない彼女の話



図書館で見つけた古い新聞の小さな記事に、いつかこんなときが来るのだろうなと予想はしていたけれど。


眼前で腕を組む青年は涼しげな瞳で、探るようにこちらを見据えている。
よくよく観察しなければ気付かないであろう左の不自然な焦げ茶色は、私の両目と同じ色をしていた。


「君が、そうなんだな」
「恐らくとしか言えませんが、多分」


かろん、と。
アイスティーの氷が崩れて、溶ける。
真夏のファミレスで、向かい合う二人の空気は店内に流れる冷房の風よりも冷たく、他人行儀だ。

青年は痛ましげな色を両目に滲ませ、俯く。
私はその沈黙にいたたまれず、窓の外を眺めてアイスティーを口に含み、次の瞬間大きく咳き込んだ。

噴き出した私に大丈夫かと声をかける青年に大丈夫ですと身振りを返し、通に面した大きな窓ガラスにへばりつく特徴的な天パ少年+αを緩く睨めば、銀髪尻尾の少年が意地の悪そうな顔で携帯をヒラヒラと動かした。


「友達?」
「…お世話になっている家の、息子さんの、部活仲間です」
「そう」


十中八九、弦一郎に連絡されただろうな、と項垂れ青年を見上げる。
青年は、色々な感情が複雑に絡み合った目で私を見下ろしていた。


「…また、連絡する。奈緒も君に会いたがっていたから」
「…私は、違いますよ」
「いいや、同じだ」


ばん、とテーブルが揺れ、あまり良いとは言えないタイミングで、銀色しっぽの仁王くんが青年から私を隠すように立ちはだかった。
切原くんに肩を掴まれ、丸井くんの後ろに隠される。


「誰だか知らねーけどよ、コイツに手ぇ出すのは止めといたほーが良いぜ」
「鬼よりおっかねー副部長から鉄拳制裁されちまいますよ」
「あの、仁王くん丸井くん切原くん、」
「さっきSOS出したからのぅ、もうそろそろ来るじゃろ」
「いやあの、違うんだって」


火花を散らし対峙する四人の間へ割り込み、青年へ携帯を出す。
意図を汲み取った青年と赤外線でアドレスを交換し、別れを告げる。
去り際に一度だけこちらを振り向いた青年は、そのまま、つ…と視線を外す。


「お前、真田の許嫁なんだろ?なんでナンパなんかされてんだよ」
「だから、誤解だっていってるじゃないですか。あの人は、」


いらっしゃいませの声を掻き消す程の怒鳴り声が私の名を呼び、鼓膜を揺さぶった。
動揺を隠さず大丈夫かと眉を寄せる弦一郎に、困ったような笑顔を向け、私は再び溜め息を吐いた。


【彼女と知らない誰かの話】


「あの人は私の兄です」

腹違いですが、と付け足した一言に驚愕の声が四つ重なる。
小さく頷き、新しく増えたアドレスを見た。
斉藤八雲と登録された電話番号に指を這わせ、何か言いたげにちらちらと視線を寄越す弦一郎の肩へ冷房で冷えた頭をぐりぐりと押し付ける。
弦一郎は【私】の半生を知っているから、兄弟がいると言うことに疑問を抱いたのだろう。


なんて言えばいいのかなぁ。
あの人は私の兄だけど、私は妹じゃないのだ。
切り替わった私には、何処までも他人事でしかなく、現実味も無くて、もて余してしまう。
重すぎる背景は、私にとって、背景以上にはなり得なくて、と言うか、弦一郎マジあったかい子供体温すぎる。

寒がっていたのがバレてしまい、これを着ろと渡された芥子色のジャージに袖を通す。
今日はなんだか疲れてしまった。
夕食は手を抜かせてもらおう。


「…ちょっと込み入った事情がありまして」


(少し汗臭い弦一郎のジャージは、とても暖かかった)



※キャパシティ越えそうな女主
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