大通りは混雑するだろうから、あまりヒトが通らない道を選んだ。
「ほんと、矛盾ばっかりだな」
あたたかい手は優しくて好き。
だけど心が痛むから、優しくなんてしないで欲しい。
隊長にとって『自慢の息子』でありたい。だけど本当は息子でなんかいたくない。
グルグルと同じところばかり巡る思考を止めたくても、止め方が分からなかった。
何にも考えない様に努力しても、ちょっとした事で心が傷ついたり、気持ちが高揚したりする。
言いたい。
だけど言えない。
「息子じゃねぇよ、ばーか」
どんなに望んでも、叶わない思いがある事を、俺は知っている。
決して口にしてはいけない。
伝えてはいけない気持ちがあることも、俺は知っている。
置いて逝かれる苦しさを知っているから、絶対にこの気持ちを彼に悟らせてはいけないのだ。
だけど、望んでしまう。
彼の中で一番がいい。一番じゃないなら、いらない。
父親はいらない。
「あんたが欲しい」
決して本人には言えない思いだ。
それを口にだして音にした瞬間、後悔した。
なんて馬鹿恥ずかしくて、悲しい言葉だ。
あほか。俺は。
無駄に耳の奥に残る音。
恥ずかしさと、決して告げる事の出来ない苦しさに、片方の耳を掌で塞いだ。
「それって告白?」
心臓が口から飛びでるとは、今みたいな心情を言うのだろう。
突然ふってきた声に驚いて、視線をあげた。
薄汚れた壁。
開け放たれた窓。
ゆらゆら。真っ白な日除け布が揺れている。
窓から青年が身を乗り出して、ニヤニヤ笑っていた。
赤い髪が目に痛かった。
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バンッとドアを閉めて、全力疾走。
追ってこないのは分かっていたけれど、必死で逃げた。
擦違うヒトたちが驚いて、道をあける。
どんなに心がぐちゃぐちゃでも、他人に接する時はいつも笑顔で。
いかにも急いでいます、と主張するために、わざと目立つ行動をとった。
地を蹴って、屋根へと飛び上がる。
背中には見えない羽があって、髪の毛は根元から赤く変わった。
「騒がしてごめん」
ぴらぴらと地上に向けて手を振った。
「今日も元気だな、チビ鷹」
「おじさんもね」
「赤鷹のご子息。寝坊でもしたかい」
「そーだよ。肉屋のおばさん。急がないと、こわぁい教官に鞭で打たれちゃう」
「チビにぃちゃん。また遊んでねー!」
「ああ。また今度な」
笑顔を振りまいて、笑いを誘って。
誰からも好かれるように。
誉められるように。
さすがは赤鷹の息子だと、言われるように。
(矛盾してるなぁ)
ひらひら手を振りながら、屋根から屋根へと飛んでゆく。
隊長に息子扱いされる事は悲しくて、誰かに赤鷹の息子だと誉められるのは嬉しい。
違うか……『赤鷹の息子』である事が嬉しいわけじゃなくて、彼が称賛される事が嬉しいのだ。
(いつでも隊長中心だな、俺って)
自分自身に呆れて、溜め息がでた。
目立ちすぎるのも問題で、心が痛い時に笑顔をつくるのは、ものすごく疲れる。
暫く屋根の上を進んでから、誰もいない狭い路地におりた。
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眠れないコースだよ。
二時か、丑三つ時……ふふっ。
草木も眠るか。素敵な表現だが、風が吹く度に草木は揺れまくるので、眠るというイメージはない。
大体、静寂な夜なんて滅多にないぞ。
風の音とか虫の音とか、山に反響する車の音とか、あるじゃん。
そりゃぁ電車はとおっていませんけどね!!
はぁ。明日出かけるの止めようかなぁ。しんどひ。
さて、羊でも数えるか。
しのびこいうた(4)があまり短かったので、ちょいとあっぷし直した。
むー。どれくらいの長さが読みやすいかねぇ。
毎日寒いですね。エアコンかかった部屋から出られない。寝る時は一時間で消える様にしてるけど……寒さで目が覚める(めっそり)
あー。おでんくいたい……。
誰かつくってくれよ。
彼の中で、俺は『ボーズ』で『ジェイ』だ。
今も昔も変わらない。
息子。
ああ、まだ『ボーズ』の方がマシだったかもしれない。
『ジェイ』と呼ばれる度にイライラする。
ダメだな。最近はうまく気持ちを紛わせる事が出来るようになったのに……。
心が揺るがない様に。痛まない様に。
視線はなるべく合わさない。
会話はするけれど、長引かないように。
側にいるのは苦しい。だけど、離れているのも悲しい。
あったかい手は優しくて好き。だけど優しくなんてして欲しくない。
誰よりも大切なヒト。
俺の目標で、あこがれで、理想で、誇り。
自慢の『父親』。
だけど彼が父親なら、俺はいらない。
矛盾して、到底叶わない事ばかり考えてしまう。
もう止めようと頭を軽くふり、隊の制服を纏った。
「行ってきます」
「サラスに挨拶をわすれるなよ、ジェイ」
彼は俺をジェイと呼びます。
俺は心の中だけで彼の名前を呼びます。
心が、ズキズキと痛んだ。
「呼ぶなよ」
「あ?何か言ったか?」
ジェイと呼ぶなと言う意味だったのか。それとも誰かの名前を俺の前で呼ぶなと言う意味だったのか。
たぶん両方。
ジェイと呼ぶのは、言葉の力の影響が俺に及ばないようにする為で、サラス隊長の名も本人がいる場所では決して口にはしない。頭では分かってる。
だけど、心はついてこない。
いつだって置き去りだ。
「どうかしたのか、ジェイ」
いっそ嫌いになれたら、どんなに楽だろう。
「あんたの息子じゃねぇよ」
言って、後悔した。
隊長は驚いて、一瞬だけとても悲しそうな顔をした。
後悔したけれど、一度形にしてしまった言葉は戻らない。
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