幼い少年の背に黒い刃を振り下ろした事は、まるで遠い世界の出来事のようだった。
風がおきた。
地を割って天に伸び、少年の身体を庇うように包んでいるモノは、大樹の根だった。
水の精霊が水の盾をつくりながら、緑の精霊を守るように立ちふさがった。
青い空色の瞳が、悲しみと恐怖を宿しながら揺れている。
「風様!」
駆け出そうとする小さな身体を、大樹の根が遮った。
地に、風の精霊が倒れていた。少年を庇って、死の鎌に貫かれた精霊が、消滅の苦しみに喘いでいる。その向こうで、瞳に怒りを宿した緑の精霊が己の敵を見ていた。
『これは、双子の意志か?死神よ』
緑の精霊の声音は地を這うほどに低く、それは死神だけではなく傍らの少年までも怯えさせた。
ワタシは。
『こたえよ。私の罪を許す代わりに、我が愛し子の命を奪えと、そう命じたか?』
あれらがそう命じたのか。
冷たい怒りの声音が、ワタシを貫いた。
ワタシは。ワタシは何故。
死神は数歩後ずさり、まるでこの世に生まれ落ちたあの日のように、その心を恐怖と混乱に満たしていた。
灰色の、緑の瞳が、眼前に迫った。
死神姫の細い首を片手で締め上げながら、緑の精霊は憎悪と怒気を含んだ瞳で、彼女を睨みつけた。
『これが双子の意志ならば、あれ等に伝えよ。「我はこの先、この身と魂のすべてをかけて、愛し子を守だろう。世界と対立する事になろうとも、我が意思は揺るがぬ」
死神よ。二度と、我が友と愛し子に近づくな。我のモノに害をなすならば、世の果てまででも追い詰めて、貴様を消し去ってくれよう』
世界と対立しても……。
それほどまでに、その惰弱な魂が大切なのですか?灰色様。
全てを失ってもかまわないほどに?
訊くまでもない、答えはすでに示されていた。
灰色は、罪を犯した。双子の創り手がそれを赦そうとも、事実は覆せない。
心臓の代わりに、少年を生かし続ける緑の光。それが罪。それこそが、彼がヒトを愛した証でもあった。
「ワタシは、死を、司るモノよ」
死神は緑の精霊の冷たい掌の中で喘ぎながら、それでも確かにそう言った。
これは、ワタシの意志だと。
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