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協定の意味なし


話題:隣国・韓国



靖国神社に放火した後、ソウルの日本大使館に火炎瓶を投げて韓国で服役した中国人の劉強元受刑者(38)について、ソウル高裁は3日、「(靖国放火は)政治的な犯罪にあたる」と判断し、日本政府に引き渡さないとする決定を出した。これを受けて、日本大使館の倉井高志・総括公使は同日、韓国外交通商省に電話で抗議の意思を伝えた。






放火だろ!勝手に政治犯とか決めるな!
靖国神社は文化の一つなんだよ!引渡協定はガン無視。


どうなってんだよ!あの国、おかしいのは知ってたけど、あそこまで腐ってたとはね。

アメリカの食い物にされて消えろ!

リーダー…忠義を貫く!

話題:歴史

今年の大河ドラマは「八重の桜」ですね。幕末を会津藩の視点で描いて行くのでしょうか?
私は夜勤になる事もあるので、放送が終わってからDVDで見ようかと考えてます。








幕末で西軍の憎しみを一身に受けながらも、最後まで忠義を貫き通した会津藩。その中心が松平容保である。
京都守護職を受けた時から会津藩は悲劇の運命を辿る事になります。松平容保は最初固辞します。ですが、家訓を持ち出され受諾するのです。
京都で松平容保率いる会津藩は輝きを放ちます。
浪士による暗殺事件が頻発する時代。浪士には浪士で対抗!そう、私が敬慕してやまぬ新撰組です。池田屋事件など京都を席巻!遂に長州藩を京都より追放。


そして、孝明天皇から容保の働きを賞揚する宸翰(天皇直筆の手紙)と御製(天皇の和歌)を内密に下賜されるのです。
これこそが会津藩が元々は官軍であった証なのです。

その後は薩長を中心とした勢力が維新を成し遂げる事は、ご存知でしょう。
維新の後、松平容保の才と人柄を惜しんだ人々が表舞台への復帰を促します。それに対して容保は、
「余のために死んでいった者達は数千人は下らないだろう。そして、その家族は数万人にもなるだろう。彼らを差し置いて、余だけが富貴な身分を楽しむことなどとてもできることではない」
このように応えたと言われています。





実は私の郷里も奥羽越列藩同盟に参加し西軍と戦いました。城の奪回戦に成功と言う、近代戦では稀な成果を出します。最後は圧倒的な戦力の前に屈してしまうのですが…。
その話はまた機会を見てやりたいと思います。

幕府の為に敢えて火中の栗を拾い、最後まで戦い、部下への義理を貫いた松平容保。
現代の偽リーダーどもは彼の人生から何を学ぶのだろう?
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