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カレンダー

届きました!
4、5日前くらいに(笑)今もう部屋に飾ってありますよ。今年は昨年と比べて随分と安かったですね!

でも最初のPOISONのアリカ様は一目で引き伸ばし感がでている…。まぁ、仕方ありませんね。来年1年間よろしくお願いいたします。私はカレンダーに書き込むタイプだったんですが、来年は書かないでおこうかな。ALI PROJECTに関することだけ書き込むかなぁ。1月は早速アルバム発売らしいですし。カレンダーに最初から書いてあるって素敵!でもどうせなら月光ソワレも書いて欲しかったな。…書いて無いよね?


そういえば、日曜はじまりのカレンダーとかスケジュール帳とかって減った気がする。私は日曜はじまりが好きなのに!月曜日が多くない?ALI PROJECTもだしー!むぅ

かといって日曜はじまりってのを目安に探すとお気に入りのものに出会えない。悲しい。なんだかなぁ



あ、そういえばクリスマス過ぎましたね。私は実は好きな人と過ごすことができまして、とても幸せな時になりました。でも幸せと切なさって隣り合わせですね。

来年も良い年になりますように!

あ、月光ソワレのチケットはとりましたよ!

ウェディングドレス


※百合・恋の話です
 苦手な方はバック!










私のちっちゃな野望。
彼女のウェディングドレスを作ること。私の想いは彼女に受け入れられないかもしれない。だけど、きっと愛しいと思う気持ちは変えられない。だから、もしいつか彼女が他の誰かと契りを結ぶなら、私は彼女のウェディングドレスを作りたい。彼女を飾るのは、私でありたい。それが私から私への救いなのです。

なんてね。



私は女の子なんだよねー。でも女の子が好き。男になりたいとは思わない。だけど女の子が好き。今は、ね。

昨日は先日知り合った男の子とお出掛けをしたんだけど、やっぱり考えちゃうのは彼女のことなんですよ。仕方ないよね、好きなんだもん。

知り合いの男の子には悪いけど、やっぱり彼女と出掛けたかったなって思う。……誘う勇気がなくて、未だに誘えないんだけどね。だって断られるの怖いぃ。


ウェディングドレスは私も着たいなぁ。だって女の子だもん(笑)ウェディングドレス2人で着て教会で誓えたら良いのに。…うわぁ、夢だ!とてつもなく偏った夢!妄想すぎる!


妄想ばっかりで何も前に進めません。


私の友達は、ほとんどが私が彼女を好きなのを知っているんだけど、それを認めてくれるってすごいなぁって、ちょっと友達に感謝です。

漢字廃止論

漢字廃止論どう思いますか?
私は絶対イヤ!と思ってしまう方。だって素敵だもの、漢字。

ひらがなも好きよ?
もちろんカタカナもね!
だからこそ漢字がなきゃね?

漢字廃止論者の言うことも一理あると思います。日本語は特殊だから、ひとつの音にいくつもの表記がある。「ばら」と「バラ」と「薔薇」どれも同じ花を表す単語なのに、表記はバラバラ。英語だったら「rose」はずっとroseなのよね。大文字と小文字の違いもあるけど。でもねぇ、そこが良いと思うのだけど。同じものなのに、違う表記だから楽しくて情緒溢れると思う。叙情的な文になると思う。そう、ひらがな・カタカナ・漢字の使い分けがあるから文章に表情が出てくると思うの。

確かに何もかもを漢字にせよ!っていうのは私は薦めないです。

たとえば、「私」を「わたくし」と読ませたいのであれば、ひらがなで「わたくし」って言えば良い。今の認識だと「私」は「わたし」って読んでしまうでしょう。

あとは「〜というもの」は「〜と言う物」って使い方はしたくないな。そこは、ひらがなにしたいところなのですよ。

同音異義語とか使い分けの多い言葉とか日本語には多くて面倒だけど、私はそれが好きだよ。廃止になんてなって欲しくないわ。言葉が変わることは文化が変わることよ。まぁ平安時代の人にとったら、私たちの言葉は嫌なのかもしれないけどね。

アングラの魅力

路地裏って魅力よね。
路地裏に溜まってる人々。あぁ、こういう風に生きている人もいるんだな。こういう風にも生きられるんだなって、実感する。どうしてこんなに路地裏って惹かれるのかなぁ。そもそも路地裏って何処?脇道?細い道?あんまり人が通らない道?

何だか、そういう処にあるカフェとかに行きたいなぁ。通いたいなぁ。嗚呼でも、これって何なんだろうね。

通うことがかっこいいとか、そういう意味で私は行きたいとか言っているのかしら……それともその雰囲気に飲まれたい、とか?

うーん、うーん。前者だと、何だかただの憧れっていうか。形だけの趣味、みたいな。本質を見つけられていないのよね。

つまりー……
「図書館通い」がかっこいいから毎日図書館に通うのか、図書館が好きだから通うのか、本を読むために通うのか、ただ本を読みたいと思っていたらいつの間にか通っていたのか。みたいな問題ですよ。


アンダーグラウンドな世界にとても興味を持っている自分。それは本当にアンダーグラウンドに興味を持っているのか?アンダーグラウンドという世界に自分がいることに酔っていたいだけなのでは?

なんか限りなく後者に近いんです。だって、まだアングラの魅力なんて分かってないんだもん。それでも惹かれるのは、そういうことでしょう。

でも最初は誰でもそうなのかも。知らないうちはアングラの魅力ってそこよね!そして追々本当の魅力を知っていく……というようになれば良いのに。


アングラにどっぷり浸かりたい。まぁ、かと言って今までやってきたことを捨てることは出来ないので、どっぷりは無理でしょうね。

時間もお金もないし。

世界が広がる感覚

アートコンペのボランティアへ参加してきました。皆さん凄い、素晴らしい作品の持ち合わせで本当に誰が優勝してもおかしくはないというような感じでした。でも、グランプリは私的には「やっぱりこれだよね!」と思いました。他のボランティアの方々はやっぱり自分で気に入った作品があったらしいですが、私のお気に入りはそれでした。つまり私はグランプリに異義は全くありませんと言うことです。


こういうのに参加すると「やっぱり現代アートって良いな」って思います。今の人たちが作っているんだから、私たちが今見るべきものなのかなと思いますね。



例えば、その時代には評価されずに後の世になってから評価された画家は沢山いますよね。ゴッホなんてまさにその代表ですけど。

それは、その時代の人々がゴッホの良さをわからなかったとか、そういうのでは無いと思うのです。その時代の趣味なんですよ。仕方ないんです。


だから今私たちが評価していないものが、後に評価されるってことは大いに有り得ると思います。逆もまた然りで、今の良いものが後にはガラクタになるかもしれません。


だけど、今は今なんです。後がどうだろうが関係なく今が大切なんです。現代アートは今見るべきものなんです。

私いつも思うけど、現在至上主義なのかな。かと言って過去否定的なわけでは無いけど。歴史好きだし、美術史学んでいるし。だけど今ありきってことかな。


コンペの後は交流会がございまして、僭越ながら私も参加しました。アーティストさんに混ざって、交通費代分くらいは元をとっておこうと食事も食べまくりまして候(笑)ワインも頂いて……

勿論、アーティストさんとお話が出来たことが一番の収穫だと思います。嗚呼良いなぁって思ってしまう。アーティストさんに憧れる部分もあるし、私がその立場に居たら、色々と無理だと思う。なんて言うのかな、「アーティストになるなんて無理だ!」ってのじゃなくてね、私はアートにだけズンズンと何も考えずに打ち込むことが出来る?と聞かれたら、とても迷ってしまう。全てを捨ててアート1本に自分を注ぐことが、私にはきっと出来ないんです。他にも欲望は沢山あるんですもの。欲張りなんです、それだけじゃきっと満足出来ない。

だから今回のコンペの参加アーティストさんを羨ましく思います。全てのアーティストさんが、他のもの捨ててアートだけに人生捧げてるって訳でも無いかもしれないし、少し考え過ぎかもしれないけれど。それに、全て捨てなきゃいけないわけじゃない、かもしれない。


それでも、結局はアートに携わることは止められないと思う。なんて欲張りなんだ私は。捨てることなんて出来ない。でも全てを抱え続けることもできない。

今は精進の身。精進のみ。
(ダジャレじゃない)
色んなものに関わって、見て、触れて、知っていこう。そして自分を見つけよう。


アートコンペで知り合った方々とも、もし良かったら繋がっていたいなと思うし。審査員の方々と飲みに行って面白い話も聞けたし。うん、本当に行って良かったわ。

次の日朝帰りだったけど。

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