ミズアベが大学生だったら。
------------
学科の違う阿部と水谷は、偶然にも一般科目で同じ講義をとった。初めは懐かしがって五月蝿く絡んで来た水谷だったが、ひと月も経てば授業をサボるようになった。「この教授は代返きくからダイジョウブ」なんだそうだ。そう言う奴はいくらでもいたし、阿部も毎週欠かさず出席してはいるが、最近は他の課題のレポートを書いたり、堂々と机に伏せて睡眠時間にしたりしていた。老教授がテキストを滔々と読み上げているだけの授業はとても退屈で、水谷が来なくなったのもわかる気がした。
(でも4月に教室で偶然顔合わせたときはあんなに嬉しそうにしてたのに…なんだよ、クソ水谷)
今は野球を辞めてサークルでバンドに入った水谷とはもう野球の話をしなくなった。
だからこのひと月は水谷はずっと阿部の興味の無いことばかりペラペラ話していた。
冷たくあしらっていたのかもしれない。いや、それどころかシカトもしたし、黙らせるために軽く足蹴にしたりもした。
(でもだからなんだってんだ。そんなの高校んときと同じゃないか)
でも高校のときと違って、クラスも部活も無い生活をしている2人の関係は、変わってしまっていた。
(あー…クソ。何であんな奴のために俺がこんな気分に)
そのとき携帯が鳴った。
画面に水谷の名前。
まだあの老教授は来ていない。
阿部は通話ボタンを押した。
「もしもし」
「あー阿部ー、よかったー!
「何が」
「いや、出なかったらどうしよーかと思って」
「あー、出なきゃよかったか」
「え、ちょ、待ってよ」
切らないで!と懇願する水谷の声に気を良くして阿部はニイと口元を笑みの形に曲げた。
「早く要件言わねーと切るぞ」
「えー!阿部のケチ!」
「…切る」
「ゴメンナサイ、言います」
「おう。何」
阿部の耳元で携帯越しにへらりと笑う気配。
水谷は間延びした声で言った。
「阿部、代返たのまれてよー」
「は?」
「いつも頼んでた友達が今日休むってさっきメール来てさー」
「ふーん」
「あと頼めるの阿部しかいないんだよねー」
「知るか」
「えへへー、やっぱダメ?」
「ダメに決まってんだろ」
「そこをなんとか!」
「一回ぐらい休んだって単位響かないだろ?」
「何言ってんの、あのじーちゃん結構出席重視だって噂じゃん」
「ならお前が来い」
えー面倒臭い!とほざいた携帯を速攻で切ろうかと思ったが、阿部も少しだけ大人になったので我慢して話を続けるることにした。
「お前どこにいんだよ。まだ家か」
「違うよー、学食」
「だったら早く来いよ!」
思わず怒鳴ってしまい教室が一瞬シーンとした。携帯の向こうでは相変わらず呑気な声が、怒鳴んないでよ耳が痛いーとか、でも阿部に怒鳴られるの懐かしいー、とか何とか言っている。
(誰のせいだよ!つーか…懐かしいって何だよ)
そんな阿部の気も知らずに呑気な声はそのまま言葉を続けた。
「てか、じーちゃんは?」
「まだ来てねーよ」
「マジで?じゃあ、今日休む友達の分もお願いしま」
「フザケンナ」
プツンと切った携帯と何か。
阿部はその時間にやろうとしていたレポートを脇に押しやり、堂々の不貞寝を決め込むことにした。
*
「すみませーん、遅刻しましたー」
バタバタと走り込んで来た間抜けな声に起こされて、顔を上げると学食にいたはずの水谷の茶色の猫っ毛が目に入った。
「君、名前は?」
「水谷です、すみません」
「ん?」
「ミ・ズ・タ・ニ、です!」
老教授の耳が遠いと思ったのか水谷は教壇の前で二回名前を繰り返していた。
老教授は、ああ、と納得したように頷いて言った。
「いつもお友達に代返してもらってる、水谷君ね」
「…!」
水谷が青くなったのを見て老教授は微笑んだ。
「それから、寝ている人もチェックしてますから」
「!」
今度は阿部が青くなる番だった。
「心辺りのある人達は、学期末の試験の他にレポートを提出したら単位をあげます」
「えええ!」
「…それから君は、本来なら遅刻だけど今日だけ出席にしますから」
「へ?あ、あざーっす!」
「うん、だから早く座ってください、講義の途中です」
すみませんでした!と勢い良くお辞儀をした姿は野球部を思い出させた。それから慌てて阿部の隣の空いてる席に走って来る。水谷は泣きそうな顔をして阿部にヒソヒソ声を漏らした。
「うう…あべー」
「後でな」
きっとここで愚痴ったら、じーさん聞こえてるから。
*
後日、老教授の口から発表された救済のためのレポート課題は思ったとおり時間のかかる物だった。阿部と水谷は昼休みごとに図書室に籠もることにした。
本の必要なページを2部ずつコピーしながら水谷は言った。
「そういや阿部、何でこの課題やってんの?出席してたのに」
「…うっせー」
「あ!もしかして俺のため?元野球部の絆みたいな?えへへー、阿部が優しーなんて珍しー」
「お前、殴るぞ」
「えええ?」
頭を両手で庇った水谷の横のコピー機から、まだ暖かい紙の束を奪った。
「そういや代返たのんだ友達は?」
「アイツは出席足りてるからレポート要らないんだってー」
「へえ」
「……何?何か言いたげ?」
「あー。代返はするのに、レポートは付き合わねーの」
「そりゃ普通しないよ、自業自得だし」
「ふーん」
「何だよ」
「まあ代返頼むだけのヤツなんて友達じゃねえとは思ったけどな」
「え。阿部冷たいー」
「……」
「嘘ウソ!暖かいよー」
わーん、ゴメン!と泣き真似をする水谷に眉間を寄せた。
ご機嫌取りにすぐ飽きた水谷は、またどうでもいい話ばかりした。
昼休みの終わりに、水谷が言った。
「じゃーまた明日」
阿部は瞬きを繰り返した。フラッシュバックみたいに、泥にまみれたユニフォームや自転車に跨る水谷が映った。
*
半年後、無事に単位を取ってから水谷は白状した。
「そーいえば、俺が何でじーちゃんのやつ選択したか言ったっけ」
「知らねえけど興味もねえ」
「廊下歩いてたらさ、教室に入ってくのが見えたんだよねー」
「は?誰が」
「阿部が」
------------
END
阿水と見せかけて水阿でしたー。
ムリヤリ逆転させたんじゃないよ、オチだけは決めて書いたよ。(他は行き当たりばったりだよ)見事にぐだぐだ★
(´∀`)人(仝ω仝)