いや、もう1月10日ですけども。
7組だから7日です←
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「阿部え、花井い、大変だよ!」
「あ?」
「どうした水谷」
主将と副主将が真面目に打ち合わせしているところに、ただのレフトが飛び込んで来た。
グラウンドからベンチまで全力疾走したせいで息がぜえぜえ上がって額から汗が滲んでいる。
それくらい一生懸命レフトフライを追いかけて欲しいものだと垂れ目のキャッチャーは思った。
「俺、大変なことに気づいちゃったよ」
神妙に声を落としてヒソヒソ話し始めた水谷に、栄口は幼稚園児を見守るような眼差しで微笑み、阿部は全く興味を持たず話を続け、花井だけが親身になって頷いた。
「ごめんね水谷、今ちょっと打ち合わせしてるから後でね?」
「で、次の練習試合だけど、三橋を5回まで投げさせて6回から沖と花井に」
「うわ〜ん!二人ともヒドい!」
「…なんだよ、早く言えよ」
主将の母のような優しさに促されて水谷は話し始めた。
「実は、今日、1月7日なんですよ」
「…知ってる」
「で、捕手は三橋んときは俺で沖んときは花井、花井んときは田島っと」
「田島はなるべく打席に立たせたいもんな」
「お前もだ、花井」
花井はプレッシャーに耐えかねて苦笑いした。
水谷は空気扱いに耐えかねて半べそで声を上げた。
「ねえってば!ちょっと、聞いてよ〜!」
「ウゼえな」
眉間に皺を寄せた垂れ目の副主将は、イライラして舌打ちをした。
もうひとりの副主将は、帰って来るまでに話し聞いといて、と言ってトイレへ旅立った。
主将は溜め息をついた。
「…で?1月7日がどうかしたのか?」
ようやく話を聞いてもらえると思い、水谷は目をキラキラ輝かせた。
「聞いてビックリしないでよ?」
「おー」
「なんと、」
「……」
「俺ら、あと83日で二年生になるんですよ」
花井はビックリして黙った。
こんなくだらないことに日数を数えるほどの熱意を持てる水谷に呆れつつ感心したからだ。
しかし、阿部は全く動じなかった。
「それがどうした」
「ちょ、阿部、冷たい!あと83日で、俺らクラス替えで離れ離れになっちゃうかもしれないんだよ〜?!」
もっと寂しがってよ〜!と訴える可哀相なクラスメートに阿部は一言プレゼントした。
「ばーか、間違ってんよ」
「へ?」
「うるう年だから1日多いだろ」
「…マジで?!」
「おー。だからあと84日だ」
「そっかあ〜」
1日増えた幸せを噛みしめて水谷はへらりと笑った。
「ありがとう、阿部、だいすき!」
「…いーから練習戻れよ」
「うん、ナイキャッチ水谷になってみせるからね!」
嬉しそうに両手をひらひらさせて、水谷はまたグラウンドに戻って行った。
花井はその背中を見送りながら水谷に聞こえないように小声で阿部に声をかけた。
「…あのさ、」
「あ?」
「野暮かもしんねえけど、今年はうるう年じゃないぞ」
「あー。そうだな」
「……わかってて嘘ついたのか」
「じゃなきゃアイツ、いつまでも煩えだろ」
「……」
花井は溜め息をついた。
いつの間に、阿部は水谷をこんなに理解していたんだろうか。
じっと垂れ目を見ていたら、不機嫌そうに眉を寄せて睨まれた。
「…んだよ?」
「いや、阿部はやっぱり西浦の正捕手だなあと思って」
「何だそれ」
阿部はなぜか嬉しそうに、当たり前だろ?と言って笑った。
腹黒い捕手のくせに笑顔だけは可愛いとか、うっかり思ってしまって花井は頭をかいた。
「ただいま…て、どうしたの?」
二人とも顔赤いよ?と帰って来た副主将は首を傾げた。
「な、何でもねえよっ!」
「おー。それより次の次の試合の打ち合わせすんぞ」
「いーけど。何隠してんの?水谷がなんか言ったの?」
7組の二人は顔を見合わせた。
「別に」
「クラス連絡みたいなもんだから気にすんなよ」
「なにそれ」
明らかに何か隠してるのは分かったが、二人が楽しそうだったからそれ以上は聞かなかった。
グラウンドに目をやると、水谷が元気にレフトフライを追いかけていた。
「いいなあ、7組ってなんか絶妙な空気で楽しそうだよね」
「よくねえよ」
「すげー無駄に疲れるし」
「水谷やるから持ってけ」
「え、ごめん、ちょっと遠慮するよ」
「あはは、すげー言われようだな水谷」
「これも愛情だよね、阿部」
「は?」
外野で誰かがクシャミをした。
「あの馬鹿、風邪ひいたらぶっ飛ばす」
「ほら、愛情だ」
「違えよ!」
真っ赤になって返す否定の言葉は、全く威力が無い。
「はいはい。さ、打ち合わせさっさと終わらせて俺らも練習すんぞ!」
「はあい」
三人は再び打ち合わせに戻った。
1月7日。
練習後に水谷は、携帯のカレンダーを眺めて阿部の嘘を知った。
「やっぱり83日しかないじゃん!」
「どーした水谷?」
「なにが無いって?」
田島や巣山に興味本意と心配で声をかけられたが、何でもないと言って笑った。
阿部が本気で84日と思っているなら、1日減らすなんて残酷なことはできない。
黙っておくのもクラスメートとしての優しさだと思った。
「俺は阿部のためにこのことは墓場まで持ってくよ」
「何なに?怖い話?」
「阿部、呼んでるぞ?」
「わー!呼んでない!呼んでないから!」
呼ばれた阿部は、優しさのために必死な水谷を見て、煩いとだけ思った。
なので彼の額に強烈なデコピンをプレゼントした。
「いっ!痛い!暴力はんたーい」
「うぜえ」
「うう…阿部なんか俺の優しさに溺れてればいいんだ」
「は?意味わかんねえし」
優しさに溺れてるのはどっちだろうと、花井は思った。
「ほら、二人ともさっさと着替えろ。電気消すぞー」
「わー待って〜」
「消したらハゲるぞ」
「どんな脅しだよ」
苦笑しながら、とりあえず隣で爆笑している田島を外に押し出した。
動じないマイペースな阿部と慌てすぎて余計に時間がかかっている水谷を追い立てるために、わざと電気をパチパチ消したり付けたりしてやった。
悪ふざけをした自分をこんなに後悔することになるとは。
瞬間、チラリと花井を見た二人は、チカチカする電気の中、顔を見合わせた。
そのまま鼻先が吸い寄せられるように近づいて。
一瞬キスをしたように見えたのは、気のせいだったに違いない。
「なあ、ハゲるっつったろ?」
阿部はなぜか嬉しそうにニッと笑って。
水谷も嬉しそうにへらりと笑った。
「だから待ってって行ったのにー」
花井は思った。
今年がうるう年じゃなくて良かったと。
こんなのがあと83日も続くのかと。
軽い絶望を感じながら、花井は二人の背中を押して外に出た。
プール下の部室は寒かった。
ドアを施錠して振り向いたら、まるで何事もなかったかのように二人が花井を待っていた。
「ねえねえ、星がすげー綺麗だよ」
「ああ、うん、そうだな」
「興味ねえ」
「えー?阿部はロマンが無いなあ」
「おー」
「水谷は星座とか詳しいのか」
「えへへ、星座博士と呼んでください」
「じゃあ、あの明るく光ってるのは何座だ?」
「え、わかんない」
「は?」
「すげー博士だな」
「じゃあ二人はわかんのかよー」
「いや、知らねえけど」
「米座だろ」
「え?」
阿部の意外な答えに二人は黙った。
正解なのか冗談なのか判断がつかなかったのだ。
「ぜんぶ米つぶみたいに小せえから米座」
「あー」
「なんか俺、人として小せえって文句言われた気分」
「ん?米の話だろ」
「だな。水谷はあんなに光らない」
「うわ〜ん、二人ともヒドい!」
あははと笑った。
いつか星よりも光ってみせるから!と水谷は胸を張って宣言した。
「太陽みたいって言わせてあげるから!」
「うわ、眩しすぎて水谷が見えない」
「暑苦しいから黙れ」
「え〜?ちょっとは応援しようよ〜」
「断る。自力でがんばれ」
「そうだな、じゃあとりあえず、83日以内に頼む」
「!…うん、がんばる」
水谷が珍しくキリッと顔を引き締めた。
花井は笑った。
阿部は笑わなかった。
1月7日。
二年生まで、あと83日。
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END
20100110
がんばれ、水谷☆
二年目で優秀な後輩が入部して来ても、正レフトの座は守ってみせろよ!(笑…えない)
どうでもいいけど、1月10日だったらちょうどあと80日でした。
まあ、いいか。
優しさについて。
阿部の優しさは一時的に喜んで練習させるためのすぐバレる嘘で、水谷の優しさは不要な優しさなので、今回の中で本当に優しいのは花井と巣山と栄口でした。
ミズアベはみんなの優しさの海で泳いでると思います。
*(´∀`)人(仝ω仝)
…
お粗末様でしたm(_ _)m