(※水谷と阿部+7組。夏合宿)
愛想がいいのは地のキャラだと自分でも思っていた。
例えば私服がオシャレだとか髪型とか誉めたらだいたいみんな喜んでくれるけど、彼は違う。喜ぶどころか眉間に皺寄せて睨まれる。ついでに一言、うぜえ、とか言われる。
…ご機嫌とるの疲れちゃったよ。だからもうやめる。
水谷はわざとらしく深い溜め息を吐いた。
「どうした水谷」
その溜め息を拾ってくれたのは、彼じゃなくて花井だ。野球部のキャプテンで何かとみんなの世話やき母さんで坊主な花井は、こういうとき有り難いようで有り難くない。まあいいけどね。
「花井〜誰かさんが冷たいよ〜」
俺はすかさず泣き真似をする。
「誰かさんって…あー、また阿部にちょっかい出したのか」
「むむ、失礼な。ラブコールですー」
軽く冗談を言うと、横で聞いてる垂れ目の彼の眉間の皺がいっそう深まる。
あーあ、また怒らせちゃった。
でももうご機嫌とるの面倒臭い。だいたいさっきの溜め息だって、ホントは阿部に拾ってもらいたかったんだよ。
食べ終えた仕出し弁当のフタをそっと閉じて、デザート変わりのジュースを自販機に買いに行こうと立ち上がる。
「お、ついでに頼む」
そう言って空箱を上に重ねたのは花井。阿部の方を見ると、まだ食べ終わっていないのに何故か箸が止まっている。
…もしかしてまだ怒ってるの。
あー、本当に面倒臭いなあ。
「ジュース買って来るけど、2人ともなんかいるー?」
「あー、じゃあポカリ」
「はいはーい。花井はポカリね」
ひょいと阿部を見る。さっきから俯いて弁当を食べている彼の耳は、日に焼けて赤い。
「…いらね」
「あーそうですか」
思わず返事のトーンが下がってしまって取り繕うようにへらりと笑う。一瞬、花井がこちらをチラリと見たけれど、たぶん大丈夫。気にしない。
俺は空箱を2つ持ってのんびりと自販機に向かった。
*
「阿部、水谷もう行ったぞ」
「…おー」
「顔赤いけど」
「!うっせ、ハゲ」
「つか、なんなのお前ら、両想いなんじゃないのかよ」
「…俺は野球に恋してんだよ」
「あーそうですか」
「…つか、アイツなんか今日すげー不機嫌じゃねえか」
「気付いてんなら構ってやれよ」
「だって何か恥ずいし、」
「は、恥ずい?」
「んだよ」
「いやそれお前…」
もう完全に落ちてんじゃん。
て思ったけど言葉にならなかった。
水谷に聞かせてやりたい。今の阿部の言葉、と表情。
「アイツも間が悪いなあ」
「は、アイツって誰」
「水谷だよ」
「あー?」
首を傾げる阿部の眉間には再び皺が寄っている。これを見たときの水谷の顔ったらないよな、とさっきの溜め息を思い出した。
原因の本人は、美味そうに残りの弁当を平らげて、ご馳走様と空箱を捨てに行った。
*
「ただいまー。あれ、阿部は?」
ポカリを渡しながら花井に聞いた。無意識に彼を探してキョロキョロしてしまう。
「空箱捨てに行った」
「あー、そー」
視線はちょうど部屋の入り口で止まった。帰って来た阿部が三橋になにか話しかけている。
「ちょっと四番先輩、あの阿部が三橋と普通に話してますよ」
「ああ、モモカンの作戦はすげーよな」
「花井ってモモカンの前だとシャキシャキしてるよねー」
「お前がダラダラしすぎなんだよっ」
花井のちょっとした大声で、入り口の二人がこちらを振り向いた。
俺は咄嗟にへらりと笑顔を作る。
阿部はまた眉間に皺を寄せて、プイッとあちらを向いてしまった。
日焼けで赤くなった耳。
「ねえ、花井」
「ん?」
「阿部って日焼けすると顔赤くなるタイプなんだねー、耳とか真っ赤だし」
花井は驚いて目を丸くした。それを見て俺も目を丸くする。
「え、ちょ、俺なんか変なこと言ったー?」
「いや…」
マジかよ、と花井はつぶやいて頭をかいた。
「今までお前の方が不憫だと思ってたけど、これじゃ阿部もすげー不憫だ」
「え、なんで?なに、どーゆーこと?」
「あーもー面倒臭え」
さっきまで俺が思っていた言葉を口にして、今度は花井が盛大に溜め息を吐いた。
「さっさと仲直りしてラブラブになっちまえよ、お前ら」
「ちょ、何言ってんの、阿部とラブラブなんてあり得ないしー」
いつもの冗談で軽く笑ってみせた。
また怒らせちゃったかな、と彼のいる入り口を見る。
予想通り、彼の眉間にはまた皺が深く刻まれている。
傷付いたのは彼の方?それとも俺の方?
日焼けているはずの耳はもう赤くはない。
ごめんな、今さらやっと気付いたよ。
あの赤だけが、阿部なりのラブコールだったんだね。
*
「それからどうしたの?」
恋話報告をした俺に、しのーかは笑顔で合いの手を入れてくれる。
西浦の自慢のマネジな彼女は、俺がまともな高校男子だったら確実に惚れてると思うくらい、気が利いて努力家さんで可愛い。
でも残念ながら、俺はどうやらまともじゃないらしい。そんな可愛いしのーかに恋話してる時点でどうかしてる。
しかも俺の恋の対象が、すげー無愛想でちっとも可愛くない垂れ目のクラスメートで野球部正捕手つまり男。
あー、そりゃ面倒臭くもなるよね。乗り越えたいハードルが高すぎんだよね。それでもずっと諦められずに粘ってるなんて奇跡だよね。
これだから恋って。
「だいすきって叫んで飛び付いたよー」
「あはは、阿部君すごい眉間に皺寄せそう」
「そりゃもう、ね。全力で拒絶されましたよ」
でもね、彼の耳がまた真っ赤だったから。
それだけでもういいやって、思えちゃったんだよね。
「すごいね、めげないね」
「そりゃね…って、あ!今、野球でもそんくらい粘り強くなれって思ったでしょー?」
「えへへ、思わないよー」
しのーかは優しい。阿部と大違いだ。
「おい、練習そろそろ始まんぞ」
「あ、阿部え」
いつから聞いてた?とか、また耳ちょっと赤い?とか、いろいろ思って口をポカンと開けた。
「…マヌケ面」
「ちょ、ヒドい」
「お椀寄越せ、俺がやっから」
「あー、ありがと」
バシンと背中を叩かれてカエルが潰れたみたいな声が出た。けどこれも阿部からのラブコールなんだよね、痛いけどね!
「早く行け、レフト西広に取られんぞ」
「ちょ、せっかく阿部からの愛を背中で感じてたのに〜」
「黙れクソレフト」
ああ、この呼び方も大好きですよ。だってこれも阿部からのラブコールだもん。
*
「なあ花井、最近アイツ変じゃね?」
「いつもだろ」
「じゃなくて俺が何言ってもデレデレ鼻の下伸ばしてっから」
「あー…自覚ないなら言うけどさ、阿部お前も最近変だから」
「は?喧嘩売ってんの」
「違くて。お互い様ってこと」
花井はまた面倒臭いと溜め息を吐く。
そこへタイミングよく篠岡がキャプテンを呼びに来た。
「花井君、監督が呼んでたよー」
「お。行って来る」
「おー」
「阿部君、ごめんね、さっきの聞こえちゃったんだけど」
「は?」
篠岡は微笑んでいる。
「それは変じゃなくてね、恋だと思うよー」
*
みんなが出て行った控え室で、阿部はポツリと呟く。
「…んなこた知ってんよ」
熱を冷ますようにペットボトルを頬に押し当て、溜め息をひとつ吐いた。
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END
いきなり始まってすみませんでした!
やっぱり一人称のが書きやすい〜。ということがよくわかった頃にもうすぐ7月が終わります。残念な祭りですみません★
そういえば軽やかに7/22ミズアベベの日をスルーしてしまいました、そんな私にガッカリの夏です。みなさまお元気ですか?私はちょっぴり元気です←
あと数日あるので、ひとつくらいなにかかきたいです。
最近とてもムダに長くてどうかと思うので、すごい短いのかきたい。あと絵。8月かな。←
こんなに文字を打ってるのに携帯キーまだ慣れないってどんなだよハゲ。
ちなみにハゲという呼び方も阿部からの愛ですよ。
アフタよみました!(※ちょっぴりネタバレ)
↓
阿部がよそった味噌汁を飲みたいご飯も食べたい。水谷はやっぱりレフトポジションがしっくりくる。がんばれ。来月から練習試合!楽しみすぎる♪