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こんにちは。
今朝はいつもより早く起床できて、洗濯機を2回回したり…したら、あっという間に出勤時間になりました。
職場での今日のイベントは無事になのか分からないですが、終了したみたいで良かったです。

昨日、職場の人からミカンをいただいたのですが、そのミカンがとても美味しくてビックリしました。
今日は、そのミカンが味が濃くてジューシーで美味しかったことを伝えられたので良かったです。

もうすぐお彼岸ですね。
父方も母方も20日にお墓参りをするようです。
当初、時間が重なったので父方のお墓参りを断りました(母方のお墓参りは初彼岸なのです)。
そしたら父は何が何でも私を墓参りに連れていかせたいようで、一度決まった時間をズラして連絡をしてきました。
LINEの文面はあまりにも一方的で。
なので「ちょっと待って下さい」と私が言うと、再び父から連絡がきて「もしかしたら再び時間が変更になるかも」とのこと。
なんかもうよく分からなくなって「承知しました」とだけ連絡を入れました。
たぶん、父は女手が欲しいのだと思います。
母は、初彼岸でお客さんが来るかもだから父方のお墓参りには行けない。と言っていたのです。
そんな中、県外の親戚が本当に久しぶりにこちらに来られることになったのです。
親戚間のことについても話をしたいらしく、そこに私は挟まれたくないのでお断りしようと思っています(親戚間のことについては父からは何も話を聴いていなくて。なのでその場に私が居てもなぁ。とも思います)。
そもそも母方には叔母(母の妹)がいるのです。
なのに今まで叔母は親戚付き合いをあまりやってこなかったので、嫁いだ母が母方の親戚付き合いをしていて…本当、理由が分からなくなっています。
そもそも私が多胎でなかったら、母は母方の家で子育てをしようとは思わなかったかもなぁ。とも考えたりします。
多胎でなかったら…なんて考えてしまうことは心身の健康によくありません。
多胎で産まれたことはもう過去のことで、どうしようも出来ないからです。

今日ね長弟が亡くなった母方の祖母のことを「海のように広い心の人」と言ったんです。
サラリとそんなことを言うものだから、私はふいに泣きそうになってしまいました。

お彼岸前に祖母の塔婆が実家に来ていて。
そして私は祖母の夢をみました。
夢の中の祖母は85歳で、天皇や神様などに仕えることになったから祖母が家を出る…という内容でした。
夢の中で私は理由が分からないままお別れの挨拶(祖母の身体を拭きました)をして。
私が「もう一生、会えないってこと?そんなの嫌だ!」というようなことを言って泣きわめいたら、祖母も泣いていました。
そして目が覚めました。
祖母が亡くなってから、たまに私の夢に祖母が出てきてくれます。
誰かの歌に「夢でもし逢えたら、素敵なことね」というフレーズがありましたね。
ただ、それだけです。

あ、今日は先月オープンした新形態のスーパーに母と行って、その帰りに私の家に立ち寄りました。
外に干したお布団や洗濯物を取り込みたかったのです。
そのときに母が「私はもう安心している。いつ来ても綺麗な家だから」と言って。
母の綺麗の基準が低いのは解っています。
それでも母を「安心させることが出来ていたのか」と、なんだかまた泣きそうになりました。
あとは私が経済的、精神的自立ができれば良いです。
精神的自立というのは、朝があまりにもしんどくて母に助けを求めてしまったりしているからです(もちろん、解決しません。それでも誰かに話をしたいのです)。
そういうことも少しずつ少なくなっていけばいいな。と思っています。
本当は精神科デイケアなどにも参加したいけれど、数年前に参加していたデイケアは息が詰まることばかりで。
そのデイケアは私の肌には合わなかったのです。
自立のための依存先をいくつか用意しておきたいところですね。
ここで言う依存先とは、ほどほどの距離感の場所・人のことです。
依存先が1つだと、どうしても距離感が近くなってしまう印象です。
それは避けたいですね。
障害(生きづらさ)を抱えながら生活を送るということ。
それは、とても大変で苦しいけれど、なんとかしていきたいです。


さて、今晩はお化粧と日焼け止めをクレンジングシートで落として、明日の朝にシャワーを浴びようかな。
そしたら昨晩出来なかったストロベリーティを楽しみましょうか。
出来たら家計簿ノートもつけたいですね。
辻仁成さんの言葉も読みたいし。
1人の時間を満喫しようと思います。